【読書感想】夏物語

芥川賞作家の川上未映子さん著作、2020年本屋大賞第7位の作品です。500ページを超える大長編作になっていますので、読み応えは十分です。

あらすじ

 大阪の下町に生まれ育ち、小説家を目指し上京した夏子。38歳になる彼女には、ひそやかな願いが芽生えつつあった。「自分の子どもに会いたい」――でも、相手もおらんのに、どうやって?

周囲のさまざまな人々が、夏子に心をうちあける。身体の変化へのとまどい、性別役割をめぐる違和感、世界への居場所のなさ、そして子どもをもつか、もたないか。悲喜こもごもの語りは、この世界へ生み、生まれることの意味を投げかける。

パートナーなしの出産を目指す夏子は、「精子提供」で生まれ、本当の父を探す逢沢潤と出会い、心を寄せていく。いっぽう彼の恋人である善百合子は、出産は親たちの「身勝手な賭け」だと言う。

「どうしてこんな暴力的なことを、みんな笑顔でつづけることができるんだろう」

苦痛に満ちた切実な問いかけに、夏子の心は揺らぐ。この世界は、生まれてくるのに値するのだろうか――。

ー『夏物語』特設サイト – 文藝春秋BOOKS ー

読書感想

私はまだ著者の芥川賞受賞作、「乳と卵」を読んでいないのですが、そのあらすじを読むと、本書「夏物語」の第一部と同じような内容になっていますので、おそらくはその続編的なものなのでしょう。先ほどの特設サイトによれば、あらすじに引用したものの下段に、

 芥川賞受賞作「乳と卵」の登場人物たちがあらたに織りなす物語は、生命の意味をめぐる真摯な問いを、切ない詩情と泣き笑いの極上の筆致で描き切る。

ページを繰る手が止まらない、エネルギーに満ちた世界文学の誕生!

とありますので、それが第二部のことなのか、あるいは全編を一般大衆向けに焼き直したものなのかどうかは一度確認の必要がありそうです。ただ、冒頭の動画にもあるように、主人公の夏子がAIDで子供を生むことに葛藤する物語ですから、主題は第一部のおよそ10年前後にあたる第二部にあることは間違いなさそうです。

AIDは普通の人にはあまり馴染みのない言葉なので、心臓マッサージとかを思い浮かべた方もいるのではないかと思いますが、それはAED(自動体外式除細動器)です。AIDとは、主に男性の不妊治療に用いられる方法で、Artificial Insemination by Donorの略、日本式に言うと非配偶者間人工授精のことを指します。

かつては子供が出来ない夫婦の場合、その多くは女性の責任のような捉え方をされてきましたが、最近では男性に原因があることも少なくないことがわかり、不妊治療における様々な問題は、その費用も含めてたびたびニュースなどでも取り上げられます。AIDは日本ではいろんな制約はあるものの、そうした男性不妊の治療法として取り入れられているものです。

ただ、この物語の主人公夏子は、特に夫婦間の問題ではなく、そもそも男性との性行為に嫌悪感があり、それと同時にかつての自身の父親に対しても嫌悪と侮蔑の念を抱いていたため、結婚にも興味がありません。ですので、性交も望まず、結婚も望まず、それでも子供は欲しいという、それだけを聞くと自然の摂理に反した、非常に身勝手な衝動に駆られているようにも思えます。ところが、やがてそれが一時の衝動ではなく、種は誰のものでも良いから、とにかく自分の子供が欲しいという考えにまで取り憑かれるようになります。

内容的にはAIDをきっかけにした家族愛、親子愛、あるいは精神論や倫理観の葛藤について書かれているようにも思えますが、おそらくはそうした選択をする女性の生き様を描いて、それを読者に問うているのではないかと思います。

内容的には、女性が共感出来る部分は多いのではないかと思います。特に男性をこき下ろす時の記述は、女性視点でなかなか鋭いところを突いているなと思います。ただ、中盤ちょっと中弛み的な余分な描写もあるように思います。男性の登場が殆どないので、物語全般の世界観が若干狭小な感じはしますが、その分だけ主人公に感情移入もしやすく、テーマに没頭できる気もします。

ただ、これまで本年度の本屋大賞のノミネート作品を読んできて多く感じることは、本屋大賞の順位が下位になるものほど、内容が冗長になっているような気がします。もちろん、たんに簡潔であれば良いということではないんですが、文学的な価値よりも有無を言わさぬ面白さが重視される本屋大賞では、一気読みさせてしまう誘引力や爆発力みたいなものも求められるのかなと言う気はします。

そういう意味では、本書はその世界に一気に引き込まれるというよりは、色々と考えさせられる良作でした。

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