【読書感想】店長がバカすぎて

早見和真さん著作、2020年本屋大賞第9位の作品です。角川春樹事務所の公式サイトによれば、発売日が2019年7月13日となっていますので、奇しくも今私がこれを書いている、ちょうど一年前に発売された作品のようです。ここに出てくる店長は書店の店長です。本屋大賞の審査員は全国の書店員さんですから、元々本屋大賞を意識して書かれた作品なのでしょう。

店長がバカすぎて Twitter公式アカウント

あらすじ

「幸せになりたいから働いているんだ」谷原京子、28歳。独身。とにかく本が好き。現在、〈武蔵野書店〉吉祥寺本店の契約社員。山本猛(たける)という名前ばかり勇ましい、「非」敏腕店長の元、文芸書の担当として、次から次へとトラブルに遭いながらも、日々忙しく働いている。あこがれの先輩書店員小柳真理さんの存在が心の支えだ。そんなある日、小柳さんに、店を辞めることになったと言われ……。

角川春樹事務所 公式サイトより

感想

世の中に店長と呼ばれる人がどれくらいいるのかわかりませんが、この物語の店長は先程も書いたように書店の店長になります。最初にこの攻撃的なタイトルを見たときに、正直かなりバカな店長を期待をしていた部分があります。その一方で、ネットの中ではわりと多用される「美人過ぎる~」的な表現は、私の中でも嫌いな言葉ワースト3くらいに入るくらい忌み嫌っている言葉です。普通に美人はいくらでもいると思いますが、実際に、「美人過ぎるなんとか」で美人過ぎた人を見た経験がありません。

また、「バカ」という表現は、文字通り人を馬鹿にする表現として相手を見下した時に用いられる言葉ですが、この定義には色々あって、愛すべきバカもあれば、軽蔑すべきバカもある。あるいは本当はその筋では大家なのに、常識的なことには疎い専門バカとか、自分のことは顧みずに他人のために尽くすような献身的なバカもあるでしょう。

女性が男をバカと言うときには、殆ど相手を侮蔑する場合が多いのではないかと勝手に想像しますが、その一方で女性は承認欲求が非常に強い生き物であるとも思いますので、どちらかというとその機微に疎い男たちは、女性の目から見れば総じてバカ揃いではあるでしょう。

本書のバカ店長もその部類なんですが、正直期待したほどのバカではありませんでした。それは私自身が滑稽なバカを期待しすぎていたという側面はありますが、それ以上に、この程度のバカは至るところに居るという認識、特別にバカな店長かというと、むしろ実社会で遭遇する人の中にはもっとバカな店長や先輩、上司、果ては社長、大臣までいくらでもいるでしょうし、納得できない仕事の理不尽さは社会人の誰もが経験していることでしょう。

物語の中心は、書店員の女性の日常や葛藤が中心ですので、等身大の自分を主人公に投影出来る書店員の方は、共感出来る部分も多いのではないかと思います。ただ、タイトルが店長を馬鹿にしたタイトルですから、こういったタイトルで本屋大賞を取るのは難しいのではないかとも最初から思っていました。それでもこの作品が本屋大賞の第9位に沈んだのは、たんにタイトルが足を引っ張ったからということではないのでしょう。

私個人は、愛すべきバカ店長の言動で抱腹絶倒したり、共感して涙ぐんだりする状態にはまったく陥らなかったので、正直タイトル負けの感が否めません。書店という小さな世界が舞台ですから、あまりありえない設定をしても白けてしまうでしょうが、もう少しハプニングを取り入れたり、人物描写に力を入れても良かったのではないかとも思います。

蛇足 謎解き(ネタバレ含む)

私の中でどうにも消化できない部分があったので、追記しています。以下はネタバレも含んでいますので、未読の方は注意して下さい。

物語中に、店内イベントとしてベストセラー作家大西賢也のサイン会を開こうという話のくだりがあります。その前に主人公谷原京子の憧れの先輩に小柳真理という登場人物がいますので、個人的にはこの大西賢也は歌手の小柳ルミ子の元旦那「大澄賢也」を連想してしまって、今ひとつ物語にのめり込めなかったというのは置いといて、この大西賢也は男性の覆面作家ということになっています。そしてその正体が一体誰かというのが一つの謎になっています。

その答えは話の最後の方で、それが主人公谷原京子の実家で父親が営む小料理屋<美晴>の常連客、石野恵奈子であるということがわかるのですが、その石野恵奈子をアルファベットにすると(ISHINO ENAKO)これが大西賢也(OONISHI KENYA)のアナグラムになっているということなんですね。アナグラム云々がわからなくても、話の展開でそれとなく察する部分はあるんですが、見てわかるように恵奈子の方にはYが1文字足りません。

これが店長が箸袋に走り書きしたものには「YENAKO」となっていて、これは店長が元々アナグラムマニアであったために自分で付け足して解読したものなのか、あるいは大西賢也の正体を元々知っていたからなのかがわからないというのが一点。これは最後の方で京子とのメールのやり取りから後者ではないように思えますが判然としません。店長”山本猛”自身も、啓発本の著者”竹丸トモヤ”のアナグラムになっているので、習慣的にやったと言えなくもなさそうです。

もう一つは、主人公谷原京子が幼い頃に父親に連れられていった神保町の書店のお姉さんが、京子の勤める武蔵野書店吉祥寺本店の常連客で、京子がマダムと呼んでいる藤井美也子であったことが判明するんですが、物語の終盤に、<美晴>に着いて店内を見た瞬間に泣き出したという記述があります。その時店内にいたのは”大西賢也”こと石野恵奈子と山本猛店長、そして京子と父親なので、その光景を見て何を思って泣いたのかが判然としません。

マダムは元々大西賢也の大ファンで若い頃から旧知の間柄であり、書店では常連客であることから山本猛店長の顔くらいは知っているでしょう。店には一度訪れたことがあるので父親とも面識があります。大分の実家に帰らなければならなかったマダムこと藤井美也子は、その前に京子に言い残したことがあって<美晴>に来訪しているわけですが、その内容に触れられていません。なので、なぜその光景で突然泣き出したのかが謎のままです。この辺は若干モヤモヤが残る内容です。

もっとも、重箱の隅をつつくようなことを言えば、不倫が原因で退社した社員が数年のブランクの後に復職して店長に抜擢されるだろうかとか、そもそも大西賢也が上梓した新作も、小料理屋<美晴>での数少ない邂逅で、どうやって谷原京子の仕事ぶりや店長の情報を仕入れたのかとか、疑問点はいくつも出てきます。

いずれにしろマダムが大分に帰郷する前に<美晴>で流した涙の理由や、マダムと大西賢也の関係性、マダムと元店長がなぜか宮崎で密会しているのかということは、謎のまま回収できていません。これが続編で解明されるのか、謎のままで終焉するのか、それもまた謎です。

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