【読書感想】夜が明ける

2022年本屋大賞第6位、西加奈子さん著作の小説です。作者の西加奈子さんは、1977(昭和52)年、イランのテヘラン生れ。イラン革命が起きた2歳のときに一旦帰国後、エジプトのカイロ、大阪で育ちました。2015年、『サラバ!』で第152回直木三十五賞を受賞、同年第12回本屋大賞2位に選出されています。非常にインパクトのあるブックカバーイラストですが、西加奈子さんご本人の手によるものだそうです。

あらすじ

15歳の時、高校で「俺」は身長191センチのアキと出会った。 普通の家庭で育った「俺」と、母親にネグレクトされていた吃音のアキは、 共有できることなんて何一つないのに、互いにかけがえのない存在になっていった。

大学卒業後、「俺」はテレビ制作会社に就職し、アキは劇団に所属する。しかし、焦がれて飛び込んだ世界は理不尽に満ちていて、少しずつ、俺たちの心と身体は壊れていった……。

西加奈子『夜が明ける』 特設サイト | 新潮社

読書感想(※相当ネタバレあり)

今回の読書感想は、中身について触れていますので、未読の方はご注意ください。これからお読みになる方は、読まないことをお勧めします。

装画を見ただけでその内容の特殊性がわかるかと思いますが、モチーフが貧困や差別、ネグレクト、ブラック企業、一部LGBTなどなので、読み進めるほどに暗くなっていく、いわゆる鬱小説に近い、あるいはそのものであるかと思います。

最初は主人公の『俺』が問わず語りもしくは、思い出語りに進めていく内容かと思いましたが、いつしか『俺』の同級生で友達の『アキ(深沢暁ふかざわあきら)』とのWキャストのような展開になっていきます。冒頭の部分で、『アキ』が『俺』よりも先に逝くことは示唆されています。しかし、その『アキ』と対称的に『俺』が恵まれているか、あるいはごく普通であればまだ良かったのですが、『俺』もまたブラック企業に就職してしまったために、やがて心と身体が過労で蝕まれ、廃人のようになっていきます。そういうわけで非常に救いのない物語になっています。

共通しているのは、『俺』も『アキ』も生活環境が最低、劣悪ということくらいで、特に『俺』がブラック企業であるテレビの制作会社に就職してからは交流もそれほど無くなったので、後編ではそれぞれが並行して描かれています。もともとは『アキ』の日記を基にした『俺』の述懐という体裁なのでしょうが、具体的な話にするには日記の内容が乏しすぎます。

決して難しい内容ではないのですが、登場人物の多くが苗字だけで語られるのと、先ほども書いたように話がオムニバス的になって行くので、再登場したときに誰だったか思い出すのに苦労したりしました。

文中に多くの実在の著名人が出てくるために一瞬迷いますが、『アキ』が似ているというフィンランドの俳優『アキ・マケライネン』は架空の人物です。その人物に似ていると言われてもよくわかりませんが、『アキ』の風貌は細かく描写されていますから、法的に問題が無ければモンタージュしてみたいところです。ただ、余談になりますが、その中で

顎はがっつりふたつに割れていて(ジョン・トラボルタで異論はないはずだ)

という記述は、私ども初老の年代、あるいはよりご高齢の方々はカーク・ダグラスではないかと思います。とは言え、本屋大賞に選出されるような小説の読者層を考えれば、たしかに異論はないでしょう。

モデルが架空なら、当然出演した映画『男たちの朝』も架空の映画ですが、実は原題が『夜が明けるよがあける』であったということが、最後の方で語られます。それがタイトルの伏線にもなっているわけですが、実際に『俺』の夜が明けるかどうかは予断を許しません。

ということで、本書でよくわからなかった部分や、思ったところを述べていきます。

『アキ』の母親についてはわりと描写が多いのですが、父親に関してはどこの誰だかわからない状態で失踪しているので、ルーツがよくわかりません。最悪な環境の中に育っても、グレなかったのは唯一の救いとも言えるでしょう。大男の主人公と言えば、昨年直木賞を受賞した『テスカトリポカ』を思い出してしまうので、個人的にはどうも印象がかぶってしまったのですが、こちらは気の優しい愛すべきキャラクターです。

『アキ』が初めて見た記憶に残る情景は最後になって回収されますが、それが結局デジャブなのかどうかよくわかりません。

『俺』が中島とエレベーターでばったり出くわす場面がありますが、そのとき一緒にいた男性がいわゆる「ゲイ」のパートナーという認識で良いのかどうかがよくわかりません。その様子が恋人然としていたところをみると、さすがに引きこもりの息子という可能性は低いものと思いますが、判然としません。

『アキ』が劇団を辞めてから働いていた『ものまねバーFAKE』のマスター『ウズ』が、最期に『アキ』に教えたことは、きっと殺人犯に間違えられる恐れがあるから、自分も被害者のフリをしろということなのだろうと思いますが、その後、『アキ』と知り合ったフィンランド人で、それ以前に『アキ・マケライネン』の人生のパートナー『ロッテン・ニエミ』とおそらくフィンランドの思い出のバーで出会ったことになっています。物語なので多少突飛なのは許容範囲なのかもしれませんが、その場所を『アキ』がどうやって知り、どうやって行くことが出来たのか。『ウズ』が懐に隠し持っていた金がいくらくらいあったのかも気になるところですが、仮に『ウズ』の助言だとしても死の間際に語るにはきっと長すぎるだろうし、それよりも出会うまでの過程がすっぽり抜けているのは、少々無理があるような気がします。

それとこれはあくまで個人的な感想ですが、『俺』を訪ねてきた広告会社の女性後輩『森』が、最後に先輩の『俺』に対して持論を述べるんですが、これが少々長い。『俺』の性格と現在の状況やこれまでの『森』との関係性を考えると、ここまで好き勝手に喋らせることはないのではないかと思います。内容はとても良いことを言ってるので、その違和感が若干残念に思えました。

ただ、これだけ考えさせられるのは、物語にそれなりのリアリティがあるからでしょう。日本や世界を取り巻く現況が決して楽観的ではないということ。読後感はきっと爽やかではありませんが、日本人の多くが目を向けなければならない数多くの問題をあらためて考えさせられる内容ではあったかと思います。

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