【読書感想】成瀬は天下を取りにいく

2024年本屋大賞受賞、宮島 未奈さん著作の連作短編小説です。著者の宮島未奈さんは、1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞しています。本作はその「ありがとう西武大津店」の他、書き下ろしも加えた全6篇になっています。今回初の単行本化で本屋大賞受賞の快挙を成し遂げました。

あらすじ

中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。コロナ禍、閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。さらにはM-1に挑み、実験のため坊主頭にし、二百歳まで生きると堂々宣言。今日も全力で我が道を突き進む成瀬から、誰もが目を離せない! 話題沸騰、圧巻のデビュー作。

ー 宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』特設サイト | 新潮社 ー

読書感想(少々ネタバレあり)

とてもローカル色の強い郷土愛に溢れたヒロインではありますが、その破天荒さゆえの魅力があります。読みながら滋賀県や琵琶湖の情景が浮かんでくるようで、その立ち居振る舞いはきっと間近で見ていたら興味深いだろうと思いますが、もしこれを映画やテレビドラマにしたら、おそらく既視感のある陳腐な演出になるだろうことも想像に難くありません。

今年の本屋大賞ノミネート作品に関しては、前回の子供向け推理小説「放課後ミステリクラブ」しかまだ読んでいませんので、全体の傾向がどうなのかはよくわかりません。しかし、率直な感想としては、「これが今年の本屋大賞なのか」という印象は否めません。決して内容が悪いわけではなくて、これまでの本屋大賞と比べると物足りなさを感じてしまうのです。

たしかに主人公のキャラは立っていて、最初の「ありがとう西武大津店」も、滑稽でいて、なんとも言えない優しい雰囲気を醸し出しているのですが、地域密着型のスターのためにスケール感が今ひとつなのと、小説全体のボリュームがあまりないので、どうしてもライトノベルのような印象を受けてしまうのです。ただ、それに関しては続編も出ているのでシリーズ化するのかもしれません。

ちなみに本作では、作中にも出てきた漫才コンビ「ミルクボーイ」のネタにもなり、私はまだ見てませんが、きっと「翔んで埼玉」の続編でもディスられているであろう滋賀県の大津市が舞台になっています。

余談になりますが、私は都内在住なんですが、ミルクボーイのネタに関しては、鉄板の「コーンフレーク」よりも、行く前の気持ちのまま帰って来れる「滋賀県」の方が好きだったりします。ただ、大津でどうしても思い出してしまうのが、数年前に起きた保育園児の交通死傷事故だったりします。事故そのものも凄惨でしたが、事故をおこしたドライバーの態度にも批判が集まるような内容で、その時もショッピングセンターに行くときに起こした事故だったような記憶があります。ですので本書に出てくる西武大津店とは何の関係もないのですが、内容を素直に笑うことが出来ないのです。もちろんそんなことを言い出したら、日本全国、世界中のいたるところが事故や犯罪と因縁のある場所になってしまうでしょうが、まだ強く印象に残っているので、こればかりは仕方ありません。

閑話休題。裏書によると本作はすでに雑誌に発表されている「ありがとう西武大津店」と「階段は走らない」に加筆修正を加えたものと、その他が書き下ろしとなっています。

全体の主人公はタイトルにもなっている少女「成瀬あかり」ですが、「階段は走らない」に関しては、WEB関係の会社で働く「稲枝敬太」です。共通するのは同じ大津市民ということと成瀬の大先輩になるであろう「ときめき小学校」出身ということ。密かに「成瀬あかり」を応援していたという背景はありますが、むしろ西武大津店が共通項というか同じ舞台と言ったほうがいいのでしょう。

最初の二篇は「成瀬あかり」の友人である「島崎みゆき」視点。初めのうちは親友というよりはどこか冷めた目で見ている傍観者のようでもありますが、最後の方では親友であり、良き相談者であり、相棒になっています。その次がさきほどの「稲枝敬太」で、次の篇は、高校生になった成瀬の同級生「大貫かえで」視点、次がかるた大会で出会った「西浦航一郎」視点、最後が「成瀬あかり」本人視点で、はじめて成瀬あかりの心情を垣間見ることが出来ます。それぞれの視点が変わっているのは、自分も一人の鑑賞者になったようで面白い試みではないかと思います。

本屋大賞をとった作品ですので、当然のことながら読後感も悪くありません。「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞しているので、きっと男性よりも女性の方が共感できる作品なのではないかとも思います。最初に書いたようにボリュームはそれほどありませんし、特別に難解な表現が使われているわけでもないのですぐに読んでしまうと思います。元気のない時に読んだら、きっと勇気をもらえると思います。

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