【読書感想】流浪の月

2020年の本屋大賞を受賞した凪良ゆうさんの作品です。実は最初にこの本のサムネイルを見たときに、表紙絵がダークな色合いに見えて、描かれているものがアイスクリームだとはわからなかったものですから、そのタイトルから中身を時代小説だと勝手に想像していました。流浪というのは現代ではあまり使わない言葉ですし、少年漫画の『るろうに剣心』のイメージが勝手に先行して、そういう発想になってしまったのですね。著者の「凪良ゆう」という名前も、なんとなく時代めいた印象を受けたのも一因です。これが「なぎら健壱」だったら酔っぱらいのおじさんを想像していたところですが、柳楽優弥さんとも一文字違いですね。そんなことはどうでもいいですが、凪良ゆうさんはこれまでBL関係の小説を書き続けてきた女性作家のようです。その作風が本作にも現れている部分はあるのでしょうが、本著は型に嵌まらない人間関係を描写した秀作だろうと思います。

あらすじ

あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。
それでも文、わたしはあなたのそばにいたい―。
再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。
新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。

ー本作ブックカバーよりー

おそらくこのあらすじだとどんな内容かさっぱりわからないと思いますが、一言で言ってしまえばロリコンの少女誘拐の話です。と言っても、それは内容的には画一的に解釈するそういった大人たちの既成概念、固定観念に染まり欺瞞に満ちた優しさや善意、そうしたものへのアンチテーゼになっています。

感想

実際の誘拐事件や監禁事件のことを考えると、この本にあるような内容は綺麗事に感じてしまうのは正直なところですが、見方を変えればこうした捉え方も出来無くはないのだろうなと思います。しかし、どうしても現実世界で増えている少女の誘拐事件での誘拐された子供の身の上だとか、親御さんの不安や心労を想起してしまい、純粋で悪気のない主人公たちの思考や行動を素直に肯定することが出来ません。

そうした大人の先入観に翻弄されるところも、この小説の根底にあるものです。主人公たちが苦悩するのは、大人たちの勝手な解釈によるものですが、その間違いを伝える口の上手さや、固定観念を覆すためのすべがありません。だから積極的に動いているわけでもないのに、なぜか悪い方向へ転がってしまうという負の連鎖があります。

小説ですから都合の良い部分はそれなりにありますが、事件に巻き込まれる描写などはわりと自然で、一気に読むことが出来ます。恋愛とは違った形の人間愛、もしくは愛と呼べるかどうかすらわからない関係。お互いにそばにいるだけで安心出来る、そうした新しい人間関係が描かれています。

全てが解決してハッピーエンドというわけではありませんが、それでも読後感は悪くありません。本屋大賞にふさわしく、主人公たちの未来に幸あれかしと願える内容です。

蛇足

この本を読んでいて思い出したのは、昨年埼玉県の不動産業の男が、家出してきた少女2人を自分の借家に住まわせて勉強させていた事件です。親の同意が無いので誘拐事件になったわけですが、犯人の目的が「自分の会社の従業員にしたかった」というのも少々突飛に思えます。

ただ、その事件の場合には、外出も自由でスマホも制限されていなかったようですから、監禁にはあたらないだろうと思いますが、その辺りは法律の解釈になるのでしょう。この事件でも、いわゆる誘拐された少女たちが自由意思でそこに住んでいたので、むしろ少女たちをそういう行動に走らせた家庭環境に問題があったのではないかという意見もあります。もしそうであったとしても、罰せられるのは実際に法を犯した誘拐犯人ということになるのがこの世の不条理ではありますが、それは本作とは関係が無いのでこの辺にしておきましょう。事件の当事者にとっては、表向きの同情や理解よりも、そっとしておいてくれるのが一番なのかもしれません。

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