【読書感想】硝子の塔の殺人

2022年本屋大賞第8位、知念実希人さん著作のミステリー小説です。知念実希人さんの作品は、2018年から『崩れる脳を抱きしめて』、『ひとつむぎの手』、『ムゲンのi』で3年連続本屋大賞にノミネートされています。前3回が全て第8位でしたので、今回4回目の第8位ということになります。偶然ではあると思いますが、本屋大賞にノミネートされるだけで素晴らしいことだと思いますので、その全てが同順位というのは、これもまた凄いことではないでしょうか。特に『ムゲンのi』に関しては、このブログではいまだに人気記事の1位になっていますから、その人気ぶりが覗えるというものです。

あらすじ(内容紹介)

雪深き森で、燦然と輝く、硝子の塔。
地上11階、地下1階、唯一無二の美しく巨大な尖塔だ。
ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、
刑事、霊能力者、小説家、料理人など、
一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。
この館で次々と惨劇が起こる。
館の主人が毒殺され、
ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体が。
さらに、血文字で記された十三年前の事件……。
謎を追うのは名探偵・碧月夜と医師・一条遊馬。
散りばめられた伏線、読者への挑戦状、
圧倒的リーダビリティ、そして、驚愕のラスト。
著者初の本格ミステリ長編、大本命!

硝子の塔の殺人|実業之日本社

読書感想(ネタバレあり)

推理小説ですので、あまり内容に言及すると殆どネタバレになってしまいますが、かなり読み応えのある小説です。

上のあらすじには書いてありませんが、惨劇の内容は連続密室殺人事件です。ですので、犯人がどうやって密室を作り上げたのかという謎もあり、どうして被害者が狙われたのかということや、クローズドサークルの中で犯人は誰なのか、さらなる犠牲者が出るのかなど、スリリングな内容の連続で、私も一気読みしてしまいました。

ちょっと癖のある名探偵とワトソン役の相棒が、今作では異色のコンビになっていて、その関係性も面白いところです。というのも、プロローグでワトソン役の医者は殺人犯として拘束されていて、この時点で犯人であることはわかっているのです。しかし、そこからまた仕掛けがあって、最後にそう来たかと思わず唸る内容になっています。

ただ、多少気になる部分もありました。まず、プロローグに出てくる一条遊馬。彼は医者なのですが、冒頭から計画に失敗したことを悔恨しています。そのときの独り言で「俺」と言うのは特に違和感は無いのですが、会話の中でも自分のことを「俺」というのは、社会人としてどうなの?という気はしてしまいます。細かいことではありますが、細かい事が気になると大事なことまで頭に入ってこなくなりますので、この辺は大事にされた方がいいのではないかと思います。

それと刑事が事件後に自室に籠もるという設定ですが、仮に刑事であれば、自称名探偵などよりも一番動き回らなければならない役どころではないでしょうか。捜査できることが何もなかったとしても、身動きのとれない館の中に犯人がいるのは間違いないのだから、監視的な意味でも自室に籠もるというのは、いささか奇異に感じます。もちろん、そのことが後の展開に大きく影響はしているのですが、それも若干無理筋に思います。

それともう一点細かいことを言うと、名探偵「碧月夜」が、謎解きを披露するために部屋に籠もっていた刑事と占い師を連れてくるようにとワトソン役の遊馬に指示を出します。そのとき部屋に籠もっていた占い師を呼び出す時に、着替えが15分ほどかかったような記述がありますが、すでに刑事は先に部屋を出ていたので、一緒にその15分ほどを部屋の外で待っていたようになっています。ですが、警察の応援が来たと言われて呼び出されているのに、ただでさえ気の短い刑事が、さすがにそんなに無駄な時間待ってないだろうという気はしてしまいます。このあたりは、話の大筋からはさほど関係ないので良しとしても、一番に気になったのは次のことです。

 

ということで、未読の方はこれから先は絶対に読まないでください。

 

 

今作では、3つの密室殺人事件が連続して起こります。先ほども書いたように、最初の事件では犯人は医者の一条遊馬ですが、第二、第三の殺人は別の犯人がいます。最初の犯人は明かされているので、読者は一条遊馬と同じ目線で物語を読んでいくことが出来、第二、第三の事件の犯人とトリックにも俄然興味が湧くんですが、その謎を名探偵(碧月夜)が解き明かしていきます。

その名推理に一旦事件は解決したかのように思えますが、実はそれには裏があり、真犯人が別にいるというのが真相です。仮に名探偵の推理通りで小説が終わっていたとしても、それはそれで普通の推理小説ではあったのでしょう。しかし、密室のトリック自体はそれほど目新しいものではないので、本屋大賞にノミネートされることはなかったでしょう。

ですので、この小説の肝はその先にあるわけですが、その部分に若干違和感を覚えます。と言うのは、後に遊馬が推理した通りだとすると、最初に碧月夜の推理で犯人とされた加々見(刑事)の供述がおかしなことになってしまいます。端的に言うと、やってもいない殺人をやったと供述して自らを窮地に追い込んでいるわけで、なぜそう言ったのかの理由がわかりません。仮に加々見が第一の犯行の犯人を実際に知らずに、その犯人をあぶり出すために自分がやってもいない犯行を認めたのだとしたら、余計に警戒してカプセルなど飲んだりはしないはずです。

もともと4人が共犯(協力者)であったのなら、最初の遊馬が犯した神津島太郎殺害事件は虚構で未遂であったことをみんなが知っていたはずで、その前提が無ければ加々美が偽装工作に協力した第二、第三の事件のシナリオも成立しないはずです。何よりも遊馬の推理では、もし遊馬が殺そうとしなければ、加々見が自分で神津島を殺す(フリ)予定だったのだろうと言っています。ですから、少なくとも加々見は、全ての事件の真相を知っていたはずです。遊馬の弁を借りれば「刑事でもなく俳優かも知れない」とまで言っているわけですから。

ただ、その後生きていたはずの3人が真犯人に殺害されてからのことは知らなかったとなると、加々見の供述が齟齬を来します。つまり、どっちに転んでも加々見が生きていれば真実が語られることから、この先加々見に話しをさせないためには、作者的には殺すしかなかったということなのでしょう。そうなると、神津島がどこまでシナリオを書いていて、それを共犯者兼犠牲者たちとどこまで共有していたか、そして3人が真犯人に殺されるまでどうしていたかがはっきりしないと、なかなかスッキリと合点がいきません。

もっともそこがスッキリしたとしても、後味の良いものにはなりません。トリックやストーリーが素晴らしいのに、本屋大賞でそこまで評価されていないのは、これまでの傾向と照らして、ひとつは推理小説物はあまり評価されないということと、やはり読後に余韻が残る作品で無いとなかなか上位に食い込むのが難しいからではないかと思います。もしかすると私同様に違和感を持った人も多かったかも知れません。登場人物たちは結構魅力的なのに、この結末だと、続編はきっと作りづらいでしょう。

それでも著者のミステリー作品に対する造詣の深さをあらためて知ることが出来、本屋大賞第8位が納得できる、別の意味で記憶に残る佳作ではありました。ミステリー小説好きな方にお勧めしたいと思います。

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