【読書感想】心淋し川

第164回(2020年下半期)直木三十五賞を受賞した、西條奈加さん著の作品です。江戸の下町、千駄木町のドブ川沿いの長屋で暮らす貧しい人々の物語を書いた時代小説です。

あらすじ

「谷根千」と呼ばれ、東京の散策スポットとして知られる台東区の谷中、文京区の根津、千駄木エリア。
西條奈加さんの新作は、その一つ、千駄木周辺が舞台となる時代小説です。
江戸、千駄木町の一角に流れる「心淋し川(うらさびしがわ)」。その小さく淀んだ川のどん詰まりに建ち並ぶ、古びた長屋に暮らす人々が物語の主人公です。

青物卸の大隅屋六兵衛は、一つの長屋に不美人な妾を四人も囲っている。その一人、一番年嵩で先行きに不安を覚えていたおりきは、六兵衛が持ち込んだ張方をながめているうち、悪戯心から小刀で仏像を彫りだして……(「閨仏(ねやぼとけ)」)。

裏長屋で飯屋を営む与吾蔵は、仕入れ帰りに立ち寄る根津権現で、小さな唄声を聞く。かつて、荒れた日々を過ごしていた与吾蔵が手酷く捨ててしまった女がよく口にしていた、珍しい唄だった。唄声の主は小さな女の子供。思わず声をかけた与吾蔵だったが――(「はじめましょ」)ほか、全六話を収録。

ー 心淋し川 | 集英社 文芸ステーション ー

読書感想

舞台となっているいわゆる「谷根千地区」。タイトルの心淋し川があるのは千駄木町。その千駄木町にある東京メトロ千代田線「千駄木駅」は、私の家からも電車で一本ですので、とても馴染み深い場所です。と言いたいところなんですが、谷根千地区は少し前に日本通の海外旅行者のインバウンド需要が高まってきた土地でもあり、私の済んでいる場所も下町なので、あまり出かけたこともありませんでした。

ちょうど武蔵野台地の縁の辺りになるために、東大などのある文教地区から見下される格好になります。

坂を上る途中に根津神社などがあります。こちらは初詣に参詣したこともありますが、住宅街の真ん中にある割には落ちついてなかなか風情のある場所です。ただ、最近はめっきり御朱印ブームですが、ここの御朱印はほぼスタンプなんですよね。

閑話休題、本書はそんな下町のドブ川、通称心川(うらかわ)のほとりに軒を連ねる長屋に住人たちの悲喜こもごもを綴ったお話です。そんな場所に住んでいる人たちですから、それぞれの人が訳ありで、それゆえにお互いを特に詮索することもなく受け入れてしまう。それぞれ独立した小話の連作になっていますが、そのどれもが心に沁みたり、考えさせられたり、味わい深い作品に仕上がっています。

江戸という町に住まう貧しいながらも潔い心根を持った人たち。ドブ川沿いの暮らしですから決して清貧というイメージは抱けませんが、それでも江戸っ子を想起する人情味あふれる話が多くて、読後感もとても良いものになっています。

紙の厚みがあるので、ページ数にすると250頁にも満たないんですが、ひとつの話の長さがちょうど良い感じに纏まっています。少し心が疲れた時や、自分の心が乱された時に、一服の清涼剤として読むのもいいでしょう。素晴らしい直木賞受賞作だと思います。

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