【読書感想】熱源

第162回(2019年下半期)直木賞受賞、また、2020年度本屋大賞第5位に選ばれた川越宗一さん著の作品です。樺太を舞台に実在の人物を主人公にした、当時そこで暮らしたアイヌの人たちの民族の誇りと生き残りをかけた熱い闘いを描く物語です。

 

あらすじ

樺太(サハリン)で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフ。開拓使たちに故郷を奪われ、集団移住を強いられたのち、天然痘やコレラの流行で妻や多くの友人たちを亡くした彼は、やがて山辺安之助と名前を変え、ふたたび樺太に戻ることを志す。
一方、ブロニスワフ・ピウスツキは、リトアニアに生まれた。ロシアの強烈な同化政策により母語であるポーランド語を話すことも許されなかった彼は、皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、苦役囚として樺太に送られる。
日本人にされそうになったアイヌと、ロシア人にされそうになったポーランド人。
文明を押し付けられ、それによってアイデンティティを揺るがされた経験を持つ二人が、樺太で出会い、自らが守り継ぎたいものの正体に辿り着く。

ー『熱源』川越宗一 – 文藝春秋BOOKS 公式サイトー

読書感想

樺太に関しては、以前読書感想に書いた、「サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する」があったので少々馴染み深いと言いますか、なんとなく懐かしい思いも抱きながら読むことが出来ました。主人公は樺太アイヌで南極探検隊に犬ぞり担当として参加した(和名「山辺安之助」)と、ポーランド共和国の建国の父にして初代国家元首だったユゼフ・ピウスツキの兄である学者のブロニスワフ・ピウスツキ。

最初はロシア軍の女性伍長が私という一人称で話しているので、この人の物語かとも思いましたが、あくまでも導入ということで、物語の本流は先程の二人になります。樺太にとっても激動の時代だったので、誰もが歴史の流れに翻弄されていたのでしょう。その中でも特に少数民族、弱小国家の国民たちは、ことあるごとに不条理に苛まれ、個人や民族の存在意義と同化の葛藤に揉まれ続けていたに違いありません。

アイヌが元々北海道の土着民族であるということは知っていても、内地に住む私達にとっては、今の時代に元アイヌであるかどうかというのは、特に気にはなりません。それは元琉球民族の沖縄の人たちが、同じく日本人であることとさほど認識の違いはないでしょう。もっとも、それは遠く離れた土地の人間だから言えることなのかもしれません。日本人がアイヌの人も同じ日本人であるというのと、アイヌの人たちが自分たちはアイヌであるというのは、全く次元の違う話になるはずです。

ヤヨマネクフは、アイヌであることにこだわります。そして日本という大きな枠の中に組み込まれるのではなく、アイヌとしての誇りと民族存続にかけた熱い思いがあります。それはまた、ロシアの占領下において、自国ポーランドの言葉も話すことが出来なかったブロニスワフ・ピウスツキも同様です。読んでいるうちに愛国心やナショナリズム、個人の尊厳、家族愛、友情、同族愛、いろんなことを考えさせられます。そしてそれを守るためには「熱」が必要であるということ、そして守るべきものそれこそが「源」になっているということ。歴史の表舞台で華々しい活躍をした人たちではないけれども、それぞれが思い、闘い、生きた、体温を感じる人間達の物語です。直木賞受賞に相応しい良作でした。

2020年本屋大賞の感想

本書「熱源」で、2020年度の本屋大賞及びノミネート作品全10作品を読み終えたわけですが、さすがに普段から多くの書籍を読まれている書店員さんが決めるだけあって、面白い作品が並びました。私が最初に読んだ本屋大賞作品は、2018年度辻村深月さん著作の、『かがみの孤城』でした。あることがきっかけで引きこもりになった少女の物語でしたが、その独特の世界観に見事に引き込まれ、あっという間に読み終えたのを覚えています。この年の本屋大賞は、その「かがみの孤城」が2位以下に大差を付けて受賞していましたので、私が感じた面白さに間違いはなかったのでしょう。

ただ、芥川賞や直木賞もそうですが、その賞を受賞した作品は大きな注目を浴びますが、ノミネート作品に関しての注目は一部のファンや愛好者に留まり、あまり日の目を見ていないのではないかと思います。そこで実際に自分で手にとって全部を読んでみようと思ったのが昨年の暮れになります。

さすがにどれも長編小説だけあって、全部読み終えるまでかなり時間がかかりましたが、自分なりに納得できたこともありました。大賞をとるのはその実力はもちろんのこと、その時の時代背景やテーマ、ライバルの存在なども合わせた運など、いろんな要素が絡んでくるとは思います。今年の本屋大賞をあえて私の感想で評価すると、大賞をとった作品、すなわち1位から3位までは、そのどれが大賞であってもおかしくなかったろうと思いました。また、4位から6位に関しても、その中で順位が入れ替わっても納得出来たろうと思います。そして7位以下に関しては概ね順当だろうと思いました。ただ思うのは、順位が下位の作品であっても、やはり面白いと思うものはあったし、決して読む価値がないわけではないということです。私自身、非常に楽しむことが出来ましたし、有り体に言えば、自分がこうして拙い読書感想を書くことで、改めて作家さんたちの偉大な文才や本にかける情熱を知ることが出来ました。

今世の中ではコロナ禍の中、「鬼滅の刃」が映画でもアニメでもコミックスでも日本中を席巻しています。私も好きな漫画ですのでそれが決して悪いということではないですが、小説もまだまだ捨てたものではないということを再認識したい。そして、これからもさらに多くの傑作が生み出されることを祈ってやみません。

熱源
川越 宗一 文藝春秋 2019年08月28日頃
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