【読書感想】星を掬う

2022年本屋大賞第10位、町田そのこさん著作の書き下ろし小説です。著者の町田そのこさんは、『52ヘルツのクジラたち』で見事2021年本屋大賞を受賞されています。本作で2年連続本屋大賞にノミネートされました。

あらすじ

千鶴が夫から逃げるために向かった「さざめきハイツ」には、自分を捨てた母・聖子がいた。他の同居人は、娘に捨てられた彩子と、聖子を「母」と呼び慕う恵真。四人の共同生活は、思わぬ気づきと変化を迎え――。

星を掬う -町田そのこ 著|単行本|中央公論新社

読書感想(若干ネタバレあり)

あらすじが簡単なので、多少補足を加えながら述べてみたいと思います。主人公の千鶴は、両親の離婚で幼い頃に母親と生き別れます。父親とその母(祖母)に引き取られて生活しますが、高校生活中に父親を亡くし、高校卒業後の夏には祖母とも死別します。その後、結婚しますが、その結婚した相手がとんだDV夫で、離婚後も金をせびりに来るというドラマによくあるカスっぷり。主人公がいよいよ追い詰められたときに、とあるきっかけで上のあらすじのような展開になっていきます。

主人公の置かれた環境が凄惨な状況のために、当然のことながら展開は暗く、なかなか光明が見えません。執拗に追いかけてくる元DV夫に対する憎悪や恐怖もそうなんですが、その元凶となったのが、幼い時に自分を捨てた母親であるという思いに取り憑かれているために、全体的に恨み節のような進行になっています。

読んでいると段々と息苦しくなってくるような、そんな内容です。ただ、問題や苦悩を抱えているのは主人公一人ではなくて、主要な登場人物それぞれに辛いことや悲劇的なことはあります。また、これは物語上だけのことではなくて、読者の多くの方も実人生において、多かれ少なかれ似たような辛い経験、悲しい経験はされているのではないかと思います。

この物語でモチーフになっている辛い事柄は、ひとつは先ほどの元夫からのDV、さらには認知症と言った、現代社会では普通に起きる事象です。そしてもう一つは、おそらく女性がより強く感じるのではないかと思う、母親からの呪縛です。

これは作者が女性だからこそ描ける母親への複雑な思いではないかと思うんですが、母親という存在は親であることは当然だけれども、時に同性としてのライバルであり、時に自分を縛り付ける支配者であったりするのではないかと思います。特に男の兄弟がいる場合は、愛情の比較において、男に対して甘く、女に対して厳しい、あるいは無頓着だったりする母親はやはり疎ましく、どこかで娘からの恨みの対象になりやすいように思います。その辺りの微妙な機微は上手く描けていたのではないかと思います。

その一方で、認知症がそんなに都合よく発現したり引っ込んだりするかとツッコミたくなる場面も多々あって、そういう場面では多少ご都合主義的な印象は受けたりします。私も比較的身近に若年性ではないですが、認知症を患っている人がいます。それこそ、さっき食べたものを忘れるんじゃなくて、食べたことを忘れることも珍しくありません。本書でも取り上げられているとおり、波はありますが徐々にひどくなっていって、良くなることはありません。

きっと話を盛り上げるためにこういう展開にしたのでしょうが、もともと主人公の性格が二面性を持っているのにDVに対しての方策が無策に近いので、その辺りのわだかまりも抱えながら読んでいると、もう少しやりようがあったのではないかと言う印象も持ちます。ただ、どちらかというとDVや認知症といった、すぐそこにある社会問題よりも、母娘間の気持ちに重きを置いている感じはするので、これはこれで良しというなのでしょう。

読後感が素晴らしいかというと難しいところですが、話そのものはわかりやすく、文章も読みやすいので、ライトノベルのような感覚で簡単に読めるのではないかと思います。本屋大賞第10位ではありますが、4大ミステリランキング完全制覇で直木賞も受賞した『黒牢城』が第9位ですから、致し方なしと言ったところでしょうか。納得の本屋大賞10位の佳作でした。

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