【読書感想】線は、僕を描く

2020年(第17回)本屋大賞第三位、砥上裕將さん著作の小説です。『黒白の花蕾』というタイトルで、講談社が主催する第59回メフィスト賞を受賞した作品を改題したものになります。著者の砥上さんは、プロフィールでは水墨画家となっていますが、本作で作家デビューしたと言ってもいいでしょう。なお、この作品は『週刊少年マガジン』で漫画化連載、講談社コミックスで単行本化されています。

あらすじ

両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生の青山霜介は、
アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会う。
なぜか湖山に気にいられ、その場で内弟子にされてしまう霜介。
反発した湖山の孫・千瑛は、翌年の「湖山賞」をかけての勝負を宣言する。
水墨画とは筆先から生み出される「線」の芸術。描くのは「命」。
はじめての水墨画に戸惑いながらも魅了されていく霜介は、
線を描くことで回復していく。そして一年後、千瑛との勝負の行方は。

ー 線は、僕を描く(著:砥上裕將)公式サイト│講談社 ー

読書感想

タイトル中の「線」は水墨画の基本とされる線から来ていますが、冒頭に書いたとおり、元の作品名は「黒白の花蕾」でした。おそらく、「こくびゃくのからい」と読むのでしょうが、これを本タイトルの「線は、僕を描く」に改題したのは、出版社や編集者の助言だったのかもしれませんが、けだし慧眼だったのでしょう。読み終えて、あらためて良いタイトルだと思います。

水墨画という唐から渡ってきた伝統芸術をモチーフにしていますが、ジャンル的には青春群像とでも言えばいいのでしょうか。水墨画を通した人との出会い、主人公の成長、それぞれの葛藤、恋愛諸々、読み始めてすぐにその世界観に没入できます。

登場人物もみな魅力的な人達で、この世界にずっと浸っていたいと思うような、静かで厳かで尊い時の流れを感じます。読みながら浮かんだきた言葉は、『静謐』でしょうか。読んでいて優しい気持ちになります。

作者の描いた水墨画が挿絵として入っていますが、この小説を読まなければ普段あまり気にしないというか、特に意識して見ないものだろうと思います。そういう意味では、水墨画などに特に馴染みのない若い人たちへの喧伝にも貢献しているのではないかと思います。

作者が元々水墨画家であったとしても、芸術を言葉に置き換えて表現するというのは、極めて難しいことだろうと思います。やはり少なからず文才もあったのでしょう。読みながら、実際に自分で絵を描いているような、あるいは目の前に水墨画が現れてくるような素晴らしい内容です。この小説がひとつの芸術と思えるような佳作でした。

 

コメント