伊与原 新さん著作、第164回(2020年下半期)直木三十五賞候補、2021年度本屋大賞第6位の作品です。著者の伊与原 新さんは、神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程を終了とのことで、文字通り理系な方です。
あらすじ
不愛想で手際が悪い――。コンビニのベトナム人店員グエンが、就活連敗中の理系大学生、堀川に見せた真の姿とは(「八月の銀の雪」)。会社を辞め、一人旅をしていた辰朗は、凧を揚げる初老の男に出会う。その父親が太平洋戦争に従軍した気象技術者だったことを知り……(「十万年の西風」)。科学の揺るぎない真実が、傷ついた心に希望の灯りをともす全5篇。
読書感想
作者の伊与原新さんが理系ということで、内容的には非常にその傾向が強い作品に仕上がっていると思います。「八月の銀の雪」、「海へ還る日」、「アルノーと檸檬」、「玻璃を拾う」、「十万年の西風」という短編5篇を集めた短編小説集ですが、主人公が今ひとつ冴えない状況の中で、人との出会いによって一筋の光を見出すというテーマで書かれたアンソロジーという捉え方も出来そうです。
タイトルがどことなくロマンチックだったので、最初は男女の恋愛物語かと思ったんですが、良い意味で裏切られました。
五話とも全く違う話なんですが、全篇それぞれに感慨深いものがあって、もの凄く感動するという内容ではないと思いますが、心に何かじわりと残るような、そういう感銘を受ける作品集になっていると思います。
冒頭に書いたように作者の方が理系なので、作品全体に科学や理屈っぽさ、男が好む薀蓄が盛り沢山なので、どちらかというと男性向きであり、本屋大賞よりも直木賞向きでもあるのでしょう。
短編集の場合、まったく別の話になることから、とかくその話の世界観に没頭できるまでに時間がかかったりするものですが、この作品は不思議とすぐに馴染めました。出てくる地名のいくつかが私にも縁の深い場所だったりしたのがその一因だと思うのですが、私自身理屈っぽい人間だからというのもあるのでしょう。もしかすると相性が良かったのかもしれませんが、そういう意味では嵌る人には嵌る作品と言えるでしょう。
直木賞にノミネートされる作品は、どこか文学的な固さみたいなものがありますから、読みやすさと単純な感動を評価される本屋大賞とは少し系統が違う気はします。しかし、それだけに大衆小説よりも読後の満足感が大きいのだろうと思います。やはり直木賞、本屋大賞にノミネートされるだけある良作だと感じました。
八月の銀の雪 | ||||
|
コメント