2023年本屋大賞第5位、青山美智子さん著の作品です。著者の青山美智子さんは、2021年に『お探し物は図書室まで』で、また2022年には『赤と青とエスキース』で、ともに本屋大賞第2位に選ばれていて、今回で3年連続本屋大賞ノミネートという輝かしい功績となりました。
あらすじ
長年勤めた病院を辞めた元看護師、売れないながらも夢を諦めきれない芸人、娘や妻との関係の変化に寂しさを抱える二輪自動車整備士、親から離れて早く自立したいと願う女子高生、仕事が順調になるにつれ家族とのバランスに悩むアクセサリー作家。
つまずいてばかりの日常の中、それぞれが耳にしたのはタケトリ・オキナという男性のポッドキャスト『ツキない話』だった。
月に関する語りに心を寄せながら、彼ら自身も彼らの思いも満ち欠けを繰り返し、新しくてかけがえのない毎日を紡いでいく――。
読書感想(多少ネタバレあり)
一章ごとに主人公が変わりながら登場人物がどこかで繋がっている、オムニバス形式の短編連作になっています。あらすじにあるように、共通するのは主人公たち全員がポッドキャスト『ツキない話』の視聴者であるということ。タケトリ・オキナという配信者が誰なのか(私はちょっと騙されましたが)、『かぐや姫は元気かな』のかぐや姫については物語の終盤で語られます。
それぞれの話が心に刺さるハートウォーミングな話になっています。タイトル中の『月の立つ』というのは、月のはじまりのことで、1日の当て字『ついたち』の語源、『つきたち』をあらわした言葉で、漢字で書くと『朔』。これは新月をあらわす言葉でもあります。タケトリ・オキナがポッドキャストで話す内容で、小説中盛んに新月のことを取り上げるのは、この『月の立つ』にかけています。また、タイトルの『月の立つ林で』については、これも最終話で語られます。
そして新月は月の始まりではあるけれど目に見ることが出来ません。それは、それぞれの主人公たちが日常生活において、特に眩しいスポットライトを浴びるわけでもなく、ごく普通の生活を送る中でも誰かの役に立っていたり、感動を与えていたり、裏方として支えていたりと、これも目には見えないけれども人間関係の中で非常に重要な役割を果たしているという暗喩にもなっています。
全体を通して、それぞれの主人公たちが、仕事や家族関係で悩み葛藤しながらも、やがて物事を前向きに捉えていく、そしてその過程をそれぞれの主人公たちが影で支えている、そうなるきっかけを与えている、そんな話をうまく繋げていると思います。
個人的な思いとしては、先程タケトリ・オキナが誰かで騙されたと書きましたが、そう思うのは第四章の女子高生の話で、この章に関しては、「覚えてるだろ?」とかあとになって「普通わかるだろ?」と言いたくなります。
それと売れない芸人の話についてはもう少し掘り下げて欲しかったと思うこと、応援しているフォロワーと会わせてあげたかったかなという気がします。
さすがに2年連続で本屋大賞第2位になっているだけあって、文章は読みやすいし、一話ごと心の温まる話にしっかりまとめてくる力量はさすがです。今回は第5位ですが、それだけライバルが多かったということでもあるのでしょう。個人的にはとても心温まる秀作でした。
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