【読書感想】正欲

2022年本屋大賞第4位、第34回柴田錬三郎賞を受賞した朝井リョウさん著作の小説です。著者の朝井リョウさんは、2009年に『霧島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞して作家デビューしたのち、2013年に『何者』で第148回直木賞を受賞されています。

あらすじ(内容紹介)

あってはならない感情なんて、この世にない。それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。
どんな人間でも、生きていて、いいんだ!

息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づいた女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。

しかしその繋がりは、”多様性を尊重する時代”にとって、
ひどく不都合なものだった――。

朝井リョウ『正欲』、第19回 本屋大賞にノミネート!|株式会社新潮社のプレスリリース

読書感想(ネタバレあり)

あらすじの方で、3人の主人公が紹介されていますが、それぞれの内容がオムニバス形式で語られ、なおかつ時系列に沿って、誰の話かを章として紹介してくれていますので、内容を把握するのはとても容易です。

時代は平成の最後、まもなく令和の時代に突入しようとする頃で、時代背景的にもコロナ禍前でLGBTだとか多様性というのが叫ばれ出して久しい頃だったでしょうか。最近ではLGBTにさらにQが付いて、LGBTQというのだとか。その辺りは普通に女性が好きなおじさんの感覚だとちょっと理解不能ではあるんですが、ただ、昔からホモ(今はゲイと言ったほうがいいのでしょうか)の人とかは身近にとは言いませんが、知っている人の中にもいたりはしましたので、特に驚くほどのことではありません。

タイトルの正欲というのは、性欲にもかかっていて、本来の欲望、欲求がどうあるべきかと言うよりも、そう思う人達によって抑圧されてきた人たちの苦悩について描かれています。また、マイノリティの中のマジョリティみたいな、性的マイノリティの中でもヒエラルキーが存在するというような、なるほどそう言われてみればという内容です。

先ほど3人の主人公と書きましたが、おそらくその核となっているのは、『初めての恋に気づいた女子大生・八重子』の想い人と、『ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月』とその夫ということになるのでしょう。

冒頭の方で、その中心的存在の二人がロリコン犯罪で逮捕されるというニュースが記述されていますので、内容的には最初から暗雲が立ち込めていたんですが、そのニュース自体は本質を捉えていません。フェイクニュースではないのですが、見る人によってはそう見えてしまうという点で、他者理解と多様性の難しさなどが問題提起されているのだろうと思います。

ただ、他者に誤解される悩みというのは、単に性癖だけの問題ではなくて、思い込みとか流言飛語や風説などにもよって苦しめられる人、と言うよりも事が、案外多いのではないかと思います。その点で本書で取り上げられている性癖には、誤解と言うよりはむしろ偏見として理解されない苦しさや葛藤があるのだろうと思います。

ところで、本書で語られるその理解されない性癖はいったい何かということで、これはネタバレになってしまうのですが、ひとことで言うと「水に対する興奮」です。そんな性癖が実際にあるのかなと思ったりもするんですが、何に性的興奮を覚えるかは人それぞれで、それこそ多様性の問題なのかもしれません。それでも無機物に性的興奮を覚えるのは何か変だなと思ったりもするんですが、一方で何年か前に自転車のサドルの窃盗を繰り返していた人もいたと思いますので、まあ「水に興奮する人」がいてもおかしくはないのかなとは思います。他人に理解されないからこそのマイノリティな嗜好でもあるのでしょう。

しかしそれを多様性と理屈で捉えるのは簡単でも、それを法律に当てはめて「猥褻」と定義するのは難しいだろうなと思います。法律で定める「わいせつ」の三要件とは、

①徒に性欲を刺激・興奮させること
②普通人の正常な性的羞恥心を害すること
③善良な性的道義観念に反すること

と言われていて、上記のいずれにも当てはまることとされています。そうすると、本書に出てくる「水に対する興奮」なるものは、上記の①には当てはまりますが、②や③には当てはまるはずがありません。そうでないと、例えば公園の噴水を見て楽しむことまでもが、わいせつな行為になってしまいます。

そう考えると、仮に「水を見て性的な興奮を催す」ような人が身近にいたとしても、やっぱりそれを理解するのは難しいだろうなと思います。そういう問題に日々直面している、もしくは自分がそうである、あるいはこの場合の事例とは違うけれども似たような性癖や悩みを抱えているという人にとっては、とても共感出来る内容なのではないかと思います。

逆にそれがよくわからないという、『こっち側』にいる人にとっては、ひたすら内省的な感情の問題で屁理屈に思えてしまうこともあるでしょう。ですが、たとえそうであっても、作者の熱量は十分に伝わってきますので、きっと面白いと思います。

ちょっとわからなかったのは、先ほども書いたように、逮捕されるニュース記事が冒頭の方に出てきます。おそらくこれを最初ではなく、時系列に従って書いていたら、かなりのインパクトがあったのではないかと思います。

もっとも、仮に最後に持ってきてしまうと、ここで言う欲が、「誤っていた」あるいは、「悪い」欲だったと印象付けてしまうというのはあるかと思います。作者の意図としては、本当にそうなのかというのを読者に考えさせることにあると思いますので、これはこれでいいのかなという気もしますが、もともと内容がかなり考えさせられるものではありますので、果たしてどうだったかと言う気はします。

ですがいずれにしろ、私も一気読みするほど面白い内容ではありました。本屋大賞第4位は納得です。

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