第168回(2022年下半期)芥川龍之介賞を受賞した佐藤厚志さん著の小説です。この時の芥川賞は井戸川射子さん著作の「この世の喜びよ」も同時受賞しています。
著者の佐藤厚志さんは、1982年宮城県仙台市生まれ。東北学院大学文学部英文学科を卒業し、現在は仙台市にお住まいで「丸善 仙台アエル店」の本屋さんに勤務中です。他には2017年第49回新潮新人賞を「蛇沼」で受賞。2020年第3回仙台短編文学賞大賞を「境界の円居(まどい)」で受賞。2021年「象の皮膚」が第34回三島由紀夫賞候補となっています。
あらすじ
元の生活に戻りたいと人が言う時の「元」とはいつの時点か――。40歳の植木職人・坂井祐治は、あの災厄の二年後に妻を病気で喪い、仕事道具もさらわれ苦しい日々を過ごす。地元の友人も、くすぶった境遇には変わりない。誰もが何かを失い、元の生活には決して戻らない。仙台在住の書店員作家が描く、止むことのない渇きと痛み。
読書感想
ここでタイトルになっている荒地の家族というのは、主人公が暮らす東日本大震災で流された後の土地に住む家族のことです。当時を知る人なら誰でもその時の光景が目に浮かぶと思いますが、あれからもう干支が一周したんですね。思い返すとつい昨日のことのように思えます。
物語はそんな震災の苦悩が癒えない主人公とその家族、あるいは知人、友人の話になります。津波によってすべてを無くした人たちの話ですので、もちろん明るい話ではありません。
東京に住む私は、当時の大きな揺れや、その後の生活の混乱(交通が麻痺したり、ガソリンやトイレットペーパーがなかなか買えなかったり)は記憶にありますが、実際に震災後の現地に行ったことがないので、その復興の大変さや新たに作った防潮堤の異様な光景などはわかりません。
津波の様子もテレビやネットの動画で見ただけですが、当時川が逆流するかのように津波が土地全体を遡上していく光景が、まるで映画のワンシーンを見ているような錯覚を起こしていました。日本全体が衝撃に包まれたことは間違いないですが、当時の地震や津波、その犠牲となった方たちやその後の復興を支え、奮闘してきた人などは、言葉に尽くせない思いを抱いていることと思います。
物語は、そんな当時の状況を思い起こさせながら、さもありなんと思わせるその後の辛い生活を巧みに描いています。主人公が男性で、文体も男性作家らしいものなので、私は比較的読みやすかったですが、もし女性の視点から書かれていたら、また違ったものになったのではないかと思います。
非常に重いテーマで読み応えのある芥川賞受賞作品でした。
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