【読書感想】この世の喜びよ

第168回(2022年下半期)芥川龍之介賞を受賞した井戸川射子さん著の短編小説です。受賞したのは群像2022年7月号に掲載された同タイトル「この世の喜びよ」ですが、単行本には、ハウスメーカーの建売住宅にひとり体験宿泊する主婦を描く「マイホーム」、父子連れのキャンプに叔父と参加した少年が主人公の「キャンプ」が収録されています。

あらすじ

思い出すことは、世界に出会い直すこと。
静かな感動を呼ぶ傑作小説集。

娘たちが幼い頃、よく一緒に過ごした近所のショッピングセンター。その喪服売り場で働く「あなた」は、フードコートの常連の少女と知り合う。言葉にならない感情を呼びさましていく芥川賞受賞作「この世の喜びよ」をはじめとした作品集。

ほかに、ハウスメーカーの建売住宅にひとり体験宿泊する主婦を描く「マイホーム」、父子連れのキャンプに叔父と参加した少年が主人公の「キャンプ」を収録。

『この世の喜びよ』(井戸川 射子)|講談社BOOK倶楽部

読書感想

賛美歌のひとつか、あるいはキリスト教にまつわる内容かと思わせるタイトルですが、そのどちらとも違います。ただ、「あなた」という二人称で書かれているので、それこそ神の視線か、あるいは第三者の目で俯瞰しているような印象は受けます。

率直な感想を言えば、最初に読んで目についたのが文中の読点の多さです。読んでいくうちに慣れますが、その独特のテンポから、少し面食らう部分がありました。ただ、内容的には特に難しい言葉が使われているわけでもなく、短編小説としてもかなり短い部類ですので、あっという間に読み終えてしまいます。

先程も書いた、「あなた」で書かれている文章の「あなた」の部分を、全て主人公の名前に置き換えたとしてもさほど問題はないと思いますが、「あなた」と書かれていることによって全体の印象が柔らかく、不思議な感覚に陥ります。

他二篇、「マイホーム」と「キャンプ」はショートショートになります。こちらも似たような世界観ではありますが、表現が先程の作品に比べて直接的である分だけ、多少当たりの強さを感じることがあります。

ただ、いずれにしろ作者の世界観がとても色濃く出ている短編集だと思いますので、気軽に芥川賞に触れたい方にはお勧めしたいと思います。

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