こちらも本年度(2019年第160回)の芥川賞受賞作、町屋良平さんの著作です。タイトルの1Rはボクシングの1ラウンドを指しています。
スポーツに疎い方以外はご存知と思いますが、プロボクシングは通常1ラウンド3分、それが終わると1分の休憩を入れて次のラウンドに移ります。プロになると最初は4回戦(4ラウンド制)から始まり、実力が上がるにつれて現在は最高で12ラウンド(過去には15ラウンドだった頃もあった)まで戦います。
3分間殴り合い、あるいは躱しあい、フルに動きまわってインターバルがわずか1分しかないのですから、いかに過酷なスポーツかわかると思います。
小説はいまだ4回戦ボクサーの主人公がボクシングを通して人生感や人間関係、勝負に対する虚無感や内省による自己否定など、その時の心理描写を一人称で書き綴っています。ボクサーと言ってもまだ4回戦で、実戦経験も4回のみ、それもデビュー戦こそ勝ちはしたものの、その後2敗1分けの戦績で5戦目を迎えるところから始まります。
一人称で書かれているので、非常に読みやすいのと、ボクシングに関しても特に難しい描写があるわけではないので、読みながらとても引き込まれていきます。前回ご紹介した同じ芥川賞の「ニムロッド」では、登場人物、特に主人公の彼女の名前が頻繁に出てきましたが、本作では実名が出てくるのがわずか二人、それも対戦相手の名前だけで主人公の名前すらありません。
ウメキチという先輩ボクサーが出てきますが、それも渾名で、トレーナーはトレーナー、ともだちはともだちとして登場します。時折、普通は漢字表記だろうというところを平仮名にしているのは、何かしら意図があるのだろうかと思いながら、それも本作にスピード感を演出している一因なのだろうと思います。
作品としては、主人公が自分自身は偏屈でありながら周りに同調することに対する嫌悪と繰り返される思考が哲学的でいかにも芥川賞だなと思います。読み終わった後もこのタイトルにした意味、おそらくは3分以内の時計であれば、4回戦ボーイだから4R以上では駄目だとしても1Rが2Rでも、また1分が2分でも、34秒が52秒でも良かったはず)今ひとつわかりません。おそらくは冒頭にデビュー戦を華々しく初回KOで飾ったとあるので、その時の時計が1分34秒、その情景を思い出しているものと思います。
減量の辛さから自分自身の弱さを認め、やがて悟りの境地に近いものに開眼し、それが自己肯定に向かうという、総じて読みやすい爽やかなものになっている良作と思います。
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