【読書感想】ニムロッド

本作は第160回(平成30年下半期)芥川賞を受賞した上田岳弘さん原作の小説です。タイトルのニムロッドというのは、主人公中本哲史(ナカモトサトシ)の会社の先輩である荷室(ニムロ)さんのハンドルネームであり、また作中で引用されている「NAVERまとめ」の「ダメな飛行機コレクション」に登場する早期警戒機ニムロッドAEW.3のことでもあり、はたまた旧約聖書に登場するバベルの塔の企画立案者とも言われるニムロドと、いろんな意味合いを含ませ絡ませた象徴的ネーミングです。

ナカモトサトシの名前は、知っている人ならすぐにぴんと来る名前だろうと思いますが、かつてバブルを巻き起こしたビットコインの創始者と同じ名前です。その主人公、中本哲史は自分が勤めるサーバー管理会社でたまたま名前が同じだったからという理由からか、マイニング(ビットコインの採掘)をするように社長に命じられます。そんなことからビットコインについて書かれた本のように説明する方もいるかと思いますが、本作におけるビットコインの役割はさほど大きくありません。芥川賞を取った作品ですから、当然根底には生や愛、ときには人類の営みである性、あるいは人としての幸せに関する哲学的なロジックが展開されています。

なんとなく世界観は村上春樹に似ているような気もしますが、描いている世界はまさに現代的で、果たしてこの小説はITやパソコンに詳しくない人がついていけるのだろうかと多少心配になります。おそらく今の作家さんの多くはパソコンで執筆しているでしょうから、パソコン操作には慣れていると思います。当然時流にも詳しくなければなりませんから、選考委員の方々の多くもビットコインやスマホのようなガジェットにも抵抗ないでしょう。

ただ、今はパソコンよりもスマホの時代なので、たとえばコピーペーストに使うショートカット、「Ctrl」+「C」、「Ctrl」+「V」なども、一体何のことかわからない人は今よりもむしろこの先数年後の方が多くなるような気がします。あるいは、パソコンに全く触れずに社会からリタイアした人なども、「Wikipedia」とかNAVER「まとめ」とか言われても、まったくなんのことか想像出来ないのではないかと思います。

もちろんそれがわからなければつまらない作品かと言われればそんなことは決してありませんが、おそらく作者が日常業務でなれているIT機器に囲まれた世界から受け取る印象や想像と言ったものは、その世界に没入したことがないと理解するのは難しいのではないかとも思います。特に最近は人の仕事をAIが奪うとも言われていますから、この先の暮らしの不透明感は誰しも不安に思うところでしょう。

人によって読後感にかなりの違いがあるのではないかと思いますが、いろいろと考えさせられる良作であることは間違いないと思います。

コメント