「コンビニ人間」は2016年、第155回芥川龍之介賞を受賞した村田沙耶香さんの作品です。
ネタバレも含みますので、あらすじは薄めの文字にしておきます。(読みづらい場合はドラッグして明暗を反転させてください。)
あらすじ
主人公の古倉恵子が大学時代から始めたコンビニのバイト。当たり前のように続けた結果、気がつけば年齢も30代半ばになり、普通の就職や結婚をしない恵子に家族や友達など周りの視線も段々と厳しく注がれるようになっていた。
ただ本人はそのことを特に気にすることもなく普通に生活をしていたが、周りの声がやたらとうるさく感じるようになってきたので、これはひょっとするとできるだけ普通の生活っぽく見せるようにしたほうがいいんではないかと考えて始めていた。
そんな折、かつて同じコンビニのバイトで知り合った白羽という男と再会する。この男も寄生体質の社会不適合者で人間的に問題があったが、独身のバイト生活で不安定な状況にあると思われている恵子は、たとえそんな男でも一緒に生活している方が、世間的には普通らしく見え、干渉されなくなるから便利だという理由で、白羽と奇妙な同棲生活を始める。
やがて寄生性質の白羽は結婚して一生恵子に寄生しようと企む。そのためには恵子にコンビニバイトではなく正社員になってもらう必要があると、今まで働いていたコンビニを辞めさせて就職活動を始めさせる。なかなか決まらない就職活動だったが、運良く面接までこぎつけた会社があった。
その面接に一緒について行った白羽が、途中トイレを借りるために一軒のコンビニに立ち寄る。そこで耳にし、目にしたコンビニの音や光景に恵子はあらためて自分は人間である前にコンビニ店員という動物であると気づき、コンビニ人間として再びコンビニに戻ることを決意する。
感想
この小説対する読者の感想は、概ね二分されています。非常に評価の高いものと、もう一つは芥川賞という文学的な価値に求められているクオリティに達していないというものです。私としては非常に面白い作品で芥川賞というよりも、どちらかというと娯楽小説みたいな印象を受けましたが、とても読みやすく、それでいて読了後に考えさせられる良作だと思いました。わりと平易な文章でまとまっていますので、文学的な堅苦しさは確かに無いものの、余韻として決して不快ではない、何かしら清々しさをおぼえるものが有りました。
実は読後感にもこの作品の評価を二分する要素があって、一方は、私同様に好意的な人。反対意見の人は読後というよりも最初から主人公の生き方、考え方が受け入れられずに気持ち悪いと思う人。
コンビニという閉ざされた空間の中で、そこを職場として一生を過ごすということに対するある種の閉塞感もしくは絶望感、スキルアップを目指すわけでもなく、日々同じことを漫然と繰り返すことへの不安感。そういったものを忌み嫌う人にとっては、まったく楽しい作品ではないのかもしれません。ただ私は、決してダイナミックではない、そうした狭い空間の中における他愛のない日常の風景が、人生の縮図そのもののようにも思えるのです。何よりも主人公が見ている世界は、紛れもなく自分が生きているあかし、自分の世界そのものですから、そのフィールドの広狭によってのみの判断は出来ないのではないかと思います。
コンビニエンスストアという存在は、今の時代、多くの人々の生活に密着し、無くてはならない存在になっています。逆に言うとそれだけ多くの人が、コンビニの中の仕事や便利さも把握していますし、暮らしの一部になっているわけです。かつて私もコンビニでアルバイトをした経験がありますが、当時に比べて今のコンビニは取扱品目やサービスも圧倒的に増えて、仕事ははるかに多様化しています。
殆ど感情を表わさない主人公の性格は、医学的には病気と言われても仕方がないんでしょう。その主人公が気持ち悪いという意見もかなり多くあるようですけれども、私はむしろこの主人公のことを可愛いと受け止めてしまいました。なぜかと言えば、仕事に対してまっすぐ一生懸命で、特に他人に迷惑をかけるわけでもなく、一方で他人の思惑や評価なども大して意に介さず、コンビニのことを誰よりも強く考えている姿はプロフェッショナルだと思うのです。確かに他で紹介されるエピソードはその合理さゆえに一般人の考え方とは少々かけ離れています。ですが、それによって実際に犯罪的なことをするわけではなく、普段の生活では、出来るだけ穏便に問題解決しようと模索しています。彼女は効率よくお客さんをさばくための方法や売上を上げる方法などを工夫して、それは一種のルーティンワークには違いないけれど、整然と、かつ確実にこなしていく。仕事の面だけで捉えれば、おそらくワーカーホリックの一種なのでしょう。
ただ、仕事に没頭する、あるいは邁進するというのはそういう一面を持っていると思いますし、家族や友達に心配はかけているけれども、それはあくまで表面上のことであって、駄目男と出会うまでは実際に彼女が何か心配されるようなことをしていたわけではないのです。
コンビニ人間という言葉から連想するのは、普段の生活の買い物をコンビニで済ませる人とか、はたまたマニュアル通りに仕事をこなすマニュアル店員のことなのかとか、タイトルからはいろいろ想像すると思うんですが、この主人公はまさにコンビニに支配され、コンビニと共に生きるコンビニ人間そのものです。
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