【読書感想】少年と犬

馳星周さん著、2020年度上半期第163回直木三十五賞受賞作品です。内容はいくつかの章に分かれていますが、初出は「オール讀物」2017年10月号の「少年と犬」、それから「男と犬」、「泥棒と犬」、「夫婦と犬」、「娼婦と犬」、そして最期に2020年1月号の、[老人と犬」という順番になっています。

ですが、2020年5月に初版発行の本書では、「男と犬」が最初の章に、それ以後は上述の通りなのですが、タイトルの「少年と犬」が最期の章として書かれています。ですので、初出誌で読まれた方は、この小説の印象はまた違ったものになっていたのだろうと思います。

あらすじ

傷つき、悩み、惑う人びとに寄り添っていたのは、一匹の犬だった――。

2011年秋、仙台。震災で職を失った和正は、認知症の母とその母を介護する姉の生活を支えようと、犯罪まがいの仕事をしていた。ある日和正は、コンビニで、ガリガリに痩せた野良犬を拾う。多聞という名らしいその犬は賢く、和正はすぐに魅了された。その直後、和正はさらにギャラのいい窃盗団の運転手役の仕事を依頼され、金のために引き受けることに。そして多聞を同行させると仕事はうまくいき、多聞は和正の「守り神」になった。だが、多聞はいつもなぜか南の方角に顔を向けていた。多聞は何を求め、どこに行こうとしているのか……

 ー文藝春秋BOOKS 作品紹介よりー

感想

著者の馳星周さんのお名前はなんとなく中国人っぽい気がしますが、これは自身がファンの、「少林サッカー」や「カンフーハッスル」などの映画で知られた、映画監督・俳優の周星馳(チャウ・シンチー)を逆さにしたペンネームで、ご本人は日本人です。

冒頭にも書きましたが、本書の内容は発表の順番が初出誌の順番と違っています。「~と犬」と統一された章なので一見オムニバスにも感じられますが、それぞれの章に出てくる犬は同一です。ですので、あらすじにある文藝春秋の作品紹介を読むと、犬の行動が一種の謎のようになっていますが、最初に「オール讀物」で読んでいた人たちにとっては、謎解きではなくてそれまでの伏線、あるいは肉付け、エピソードになっていたわけですね。

構成を本書のように時系列的に戻したのは、結果としてとても良かったのではないかと思います。もちろん、各章は一話完結のドラマのように、それぞれを独立したものとして読んでも十分面白いので、先に結末がわかっていたとしても、それはそれで楽しめるでしょう。ただ、最初から理由がわかっているよりも、各章で「何故南に向かおうとしているのか」が謎になっている方が、ミステリー性が加味されて先を読みたくなる気持ちに駆られます。

そうした作戦にまんまと嵌って、これもまた一気読みしてしまいました。文体も特に難しい表現はありません。作者の犬に対する愛情が感じられて、特に愛犬家には楽しめる内容ではないかと思います。逆に、犬にそれほど親しみを感じない人にとっては、どうして犬をそこまで神秘的、あるいは神格化出来るのかと疑問に思うかもしれません。

ただ、これは犬だからこそ成立する小説ですね。現在、日本で飼われているペットの比率は、犬と猫がほぼ同じくらいだと思いますが、猫を主役にして同じ物語が書けるかといえば、これはまったく納得できないものが出来上がるでしょう。犬の律儀さや義理堅さ、賢さや思いやりなど、私達が抱く犬のイメージをうまく表現した作品だと思います。

特にタイトルにもなっている最後の章、「少年と犬」がとても感動的で、印象に残る作品でした。

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