【読書感想】銀花の蔵

第163回(2020年上半期)直木賞候補作に選ばれた遠田潤子さん著作の小説です。残念ながら直木賞受賞には至りませんでしたが、さすが候補に選ばれただけあってとても面白く、読後感も良い作品です。銀花は主人公の女性の名前、蔵は舞台となる醤油蔵です。この作品は、その老舗の醤油蔵を舞台にした家族の物語です。

あらすじ

大阪万博に沸く日本。絵描きの父と料理上手の母と暮らしていた銀花は、父親の実家に一家で移り住むことになる。そこは、座敷童が出るという言い伝えの残る由緒ある醬油蔵の家だった。家族を襲う数々の苦難と一族の秘められた過去に対峙しながら、少女は大人になっていく――。

                           ‐新潮社公式サイトより‐

感想

上記公式サイトの作者との対談でも述べられていますが、年老いた主人公が、少女時代からの苦労を述懐するあたりは、NHKの連続テレビ小説「おしん」を思い出します。

いわゆる「朝ドラ」の共通キャラとも言える「ポジティブ」、「真面目」、「人に好かれる性格」という性質はこの小説にも発揮されていて、読んでいて苦になりません。もっとも、朝ドラのヒロインが強烈な個性で周りの人達に認められていくという王道的な展開よりは、むしろ蔵を中心とした家族愛に終始している内容とも言えるでしょう。

昨今ニュースを騒がせている幼児虐待やネグレクトとは違い(一部ではそれを具現化したような登場人物もいますが)、主人公とその父や旦那さんが、それとは真逆な人間愛、家族愛に満ちたストーリーですから、読んでいて心が温かくなります。それでいて、女性が自分の母親に対して抱く葛藤、これは私のような男にはなかなかわからないものだと思いますが、同性であるがゆえのライバル心や嫉妬心などの複雑な心情もうまく描かれていて、その辺は女性作家ならではなのだろうと思います。

時代背景が私と同世代なので、その時時に起きた出来事も懐かしく思い起こすことが出来ますし、それと同時に自分が歳をとったことも思い知らされます。象徴的に出てくる柿の木や竹林の描写も印象的で、舞台となる蔵の家が目の前に思い浮かぶようなうまい表現です。また、蔵にまつわる座敷童伝説もよく出来ていて、話の展開に無理がありません。世の中の親の全てがこうあればなと思う良作でした。

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