山本文緒さん著作で、2021年度本屋大賞第5位の作品です。著者の山本文緒さんは2001年に「プラナリア」で、直木賞を受賞しています。
あらすじ
32歳の与野都は、2年前まで東京でアパレルの正社員として働いていたが、更年期障害を抱える母親の看病のため、茨城県の実家に戻ってきた。今は牛久大仏を望むアウトレットモールのショップで店員として契約で働いている。地元の友だちは次々結婚したり彼氏ができたりする中で、都もモール内の回転寿司店で働く貫一と出会いつき合い始めた。でも料理が上手で優しいけれど経済的に不安定な彼と結婚したいかどうか、都は自分の気持ちがわからない。実家では両親共に体調を崩し、気づいたら経済状態が悪化していた。さらに職場ではセクハラ、パワハラいろいろ起きて――。恋愛をして、家族の世話もしつつ、仕事も全開でがんばるなんて、そんな器用なことできそうもない。ぐるぐる悩む都に貫一の放った言葉は、「そうか、自転しながら公転してるんだな」。
読書感想
480頁近い長編で、仕事、結婚、家庭問題、それぞれを抱えた30代前半独身女性の心の葛藤を描いています。初出は2016年1月号の小説新潮でプロローグ、エピローグは書き下ろし、単行本化にあたり大幅に改稿したとのことです。
舞台はほぼ、職場である主人公が住む家に近いアウトレットモールとその近辺で、舞台転換もそれほどなく、小説としては非常に読みやすいものになっています。主人公の女性も比較的平凡な人柄なので、特に結婚を控えた30代の独身女性には共感を持つ方も多いのではないでしょうか。
全体としていささか長い感じはしましたが、文章がそれほど冗長というわけではなく、ストーリー展開も特に不自然さや強引さはそれほど感じなかったので、決して読み疲れる感じではありません。単行本化のために大幅に改稿したというのがどの辺りなのかわかりませんが、それが功を奏している部分があるのかもしれません。
ただ、気になった点が二つほどあり、それが無ければもっとこの小説の余韻が良いものになったのではないかと思います。ひとつ目は、これは私の個人的な意見ですが、単行本化にあたり追加したプロローグとエピローグは、正直不要だったのではないかと思います。特にプロローグは、読まずに飛ばして読んでいたら、この小説に対する印象がずっと良くなっていたと思います。ただ、そうするとエピローグはただひたすら蛇足感が強くなってしまうので、読むのならエピローグの前で十分ではないかと思います。
一方で、エピローグの内容は、今の日本が抱える問題、この先起きるであろう不安を如実に表しているんですが、小説の世界観というよりも今の日本の現実問題に焦点を当ててしまっていて、小説の余韻よりもむしろ焦燥感を掻き立ててしまっています。わざわざ追加しているわけですから、そこに作者や編集者の意図はあるのだろうと思いますが、正直なんでこれを追加したのか、私には疑問しか残りませんでした。
もう一つは文中で母親目線での記述が何箇所か入っていること。これもどうしても必要かと問われたら、あまり必要がないように思いました。唐突に出てくる母親の述懐は、その後も同じような展開にして、母娘のダブル主人公のようにするのかと一瞬思ったくらいです。
ということで、本屋大賞5位という決して悪くない順位ではありますが、読後感としては6位の『八月の銀の雪』の方が良かったかなという印象です。と思ったら、この二つ点数は同じなんですね。きっと先ほど上げた2点がなかったら、この順位に文句はなかったでしょう。それくらい個人的には惜しいと思える作品でした。これから読まれる方は、是非プロローグを飛ばして、余計な先入観を持たずに読まれることをお勧めします。
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