【読書感想】能楽ものがたり 稚児桜(ちござくら)

こちらは澤田瞳子さん著、第163回直木三十五賞候補作品です。残念ながら直木賞は受賞できませんでしたが、候補に選ばれるだけあって、なかなか面白い作品でした。ひと言で言えば、能の演目の現代語訳とでも言えばいいのでしょうか。そっくりそのままではありませんが、現代人には難解な能の世界をモチーフに、わかりやすくアレンジした短編集と言えるでしょう。

あらすじ

わが国最高峰の舞台芸術として受け継がれてきた能楽。長年、能に親しんできた著者が名曲にインスパイアされて生み出した8編の時代小説集。

1「やま巡り」―遊女・百万と小鶴は雪山で怪しげな老婆と出会い、一夜の宿を借りることに……。(原曲『山姥』)
2「小狐の剣」―刀工・小鍛冶宗近の娘・葛女は、父を裏切った弟子の子を身ごもったことに気づき……。(原曲『小鍛冶』)
3「稚児桜」―清水寺の稚児としてたくましく生きる花月。ある日、自分を売り飛ばした父親が突然面会に現れて……。(原曲『花月』)
4「「鮎」―天下を取るべく隠棲先の吉野で挙兵した大海人王子。間諜の蘇我菟野は都に急報を告げる機会を窺うが……。(原曲『国栖』)
5「猟師とその妻」―山で出会った男から「自分は死んだと妻子に伝えてほしい」と頼まれた僧・有慶。その身勝手さに憤りながらも、残された家族の心細さを思い、陸奥へ旅立つことに。(原曲『善知鳥』)
6「大臣の娘」―義母に疎まれた姫君を密かにかくまう乳母・綿売。ある日、偶然再会した生き別れた娘に秘密を打ち明けてしまう。(原曲『雲雀山』)
7「秋の扇」―遊女・花子は、かつて愛を交わした吉田の少将を追って京へ。形見の扇を手に下鴨神社に現れる姿が評判となるが……。(原曲『班女』)
8「照日の鏡」―高名な巫女・照日ノ前に買われた醜い童女・久利女。翌日、生霊にとりつかれた光源氏の妻・葵上のもとに連れていかれる。(原曲『葵上』)

月刊『なごみ』の連載(2017年7月~2019年6月)「能楽ものがたり」をもとに加筆。

淡交社 公式サイトより

感想

短編集なので、それぞれの話の感想も違ってくるわけですが、全体として言えるのは、古典芸能で確立されている話をモチーフにしているわけですから、それをどうアレンジするかによって、作品の出来栄えが変わってきます。あまり作者の恣意的な演出を強めに出すと話しそのものが変わってしまいますし、下手をすると能という伝統を貶めることにもなりかねませんから、そこは原曲の世界観を損なわないように注意しつつも、現代人の心に響くようなものに仕上げる必要があったはずです。

ただ、それぞれの話には、破戒、復讐、嫉妬、欺瞞、贖罪と言った、昔も今もそれほど変わらない心の機微が根底に流れていますので、昔の話であるがゆえに歴史に疎い方には難解なところも多々ありながら、気持ちの上では共感できたり、得心する部分も多いのではないかと思います。

そうした意味では、どこまでが能の原曲に忠実で、どこからが作者の創作なのだろうという疑問もわきますが、あくまでインスパイアされた作品として読む上では、むしろ能から離れて楽しむのも良いのではないかと思います。もちろん、これを期に能や能楽についての知識を深めるというのは、日本人にとっても良いことではないかと思います。

私自身、能と能楽の違いすら知りませんでしたが、ウィキペディアによると、

能楽(のうがく)は、日本の伝統芸能であり、式三番(翁)を含む能と狂言とを包含する総称である。重要無形文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産に登録されている。

ウィキペディア 能楽より

となっています。普通だと能の中に能楽が含まれそうですが、逆なんですね。狂言の方は、野村萬斎さんとか、和泉元彌さんとかマスコミで話題になる方も多いので、狂言そのもののなんたるかがよく分からなくてもなんとなく親しみを覚えたりもするわけですが、能に関しての有名人と聞かれても、観阿弥だ世阿弥だと歴史の教科書に出てくる人くらいしか思い浮かびません。

実は本書を読んでYou Tubeで少し能を見たりもしてみたんですが、はっきり言って何をやってるのかよくわからなかったというのが実情です。きっと深く掘り下げていくと面白いのでしょうね。

話がだいぶそれてしまいました。本書で語られる内容は、先程も書いた破戒、復讐、嫉妬、欺瞞、贖罪と言ったテーマがありますので、それぞれの短編に違った趣があります。読んだ後に沸き起こる感情は違ったものがありますが、読後感は決して悪くありません。

直木賞候補作でありながら、私はむしろ芥川龍之介の作品を読んでいるのと近い印象を持ちました。総じて言えば、あらためて日本の伝統芸能に光を当てた秀作だと思います。

稚児桜

澤田瞳子 淡交社 2019年12月23日頃
売り上げランキング :

by ヨメレバ

 

コメント