2022年本屋大賞第7位、小田雅久仁さん著作のSF中短編集です。タイトルの「残月記」の他、「そして月がふりかえる」と「月景石」の短編2作が収録されています。
あらすじ(本の紹介)
近未来の日本、悪名高き独裁政治下。世を震撼させている感染症「月昂」に冒された男の宿命と、その傍らでひっそりと生きる女との一途な愛を描ききった表題作ほか、二作収録。「月」をモチーフに、著者の底知れぬ想像力が構築した異世界。足を踏み入れたら最後、イメージの渦に吞み込まれ、もう現実には戻れない――。最も新刊が待たれた作家、飛躍の一作!
読書感想(若干ネタバレあり)
表題作の「残月記」はその他の短編2作のおよそ2倍のボリュームがある中編になっています。それぞれ「月」がテーマで、すべて異次元の話しになっていますが、テイストは違っています。
最初の「そして月がふりかえる」はSFミステリー。タモリが進行役のテレビ番組、「世にも奇妙な物語」の世界観に通じるものがあるように思います。次編の「月景石」はSFアドベンチャー。アニメ「進撃の巨人」や「エヴァンゲリオン」、あるいは「機動戦士ガンダム」などを想起させる場面があります。「残月記」は近未来SFアクション。同じくアニメの「ONE PIECE」や映画「ショーシャンクの空に」を思い出すような、ある意味既視感のある描写が多く出てきます。
筆致は、ひと目見て男性作家のそれとわかる内容で、良く言えば緻密で計算されていますが、悪く言えば理屈っぽく、その辺りは私のようなオヤジには比較的読みやすく、馴染みやすいものにはなっています。SFなので、あまりに荒唐無稽だと付合わされている感が強くなってしまいますが、本書はむしろそれが自然に表現できているために、異次元ワールドでありながら、わりとすんなりその世界に入りこむことが出来ます。
それはおそらく、筆者が摩訶不思議な超常現象の描写に力を入れるのではなく、むしろ主人公の感情、とくに戸惑いなどを内省的に表現しているからなのでしょう。自分自身がその世界で翻弄される主人公同様に、その先の展開を知りたくなる内容です。
ただ、その几帳面さゆえの理屈っぽさが、若干マイナスに働いているような気もします。二篇目の「月景石」は、最初主人公が男かと思いながら読んでいましたし、夢と現実のどちらが本来の世界なのかわからず、もどかしさを覚えます。
「残月記」は、男性作家らしく格闘の場面などは実にうまく描写されていると思いますが、その一方で、物語の伏線を回収するために、簡潔に流して良いと思えることまで事細かに書き込んでいて、その所為で最後の肝心なところがぼやけてしまっている気がします。
なんと言いますか、一応回収は出来ているんですが、最後冗長になっている分だけ、知りたいのはそこじゃない的な気持ちになると言いますか、描写すべきはそこじゃないだろう的な若干モヤモヤを感じてしまう終盤です。もしかすると、章の順番を変えたほうがすっきりしたかもしれません。
本屋大賞の難しいところは、その辺の微妙なところが微妙なまま残ってしまうと、なかなか上位に食い込めないことだろうと思います。そもそもノミネートされるだけでも凄いことですから、駄作の筈はありません。でも、傑作と呼べるかというとこれもまた微妙という、そう言った意味で本屋大賞7位というのは、実際に微妙な順位だろうとは思います。
しかしながら、これだけの世界観を演出出来る著者の筆力は相当なものだと思います。今後のさらなる飛躍を期待させる佳作でした。
残月記 | ||||
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