2024年本屋大賞第5位、田崎礼さん著の壮大なファンタジー小説です。著者の田崎礼さんは2006年、『煌夜祭』で第2回C・NOVELS大賞を受賞しデビュー。著書に「〈本の姫〉は謳う」、「血と霧」シリーズなどがあります。またレーエンデ国物語 は全5巻で、2巻は『月と太陽』、3巻は『喝采か沈黙か』。さらに4巻『夜明け前』が先日発売され、最終巻『海へ』と続くとのことです。
あらすじ
異なる世界、西ディコンセ大陸の聖イジョルニ帝国。母を失った領主の娘・ユリアは、結婚と淑やかさのみを求める親族から逃げ出すように冒険の旅に出る。呪われた地・レーエンデで出会ったのは、琥珀の瞳を持つ寡黙な射手・トリスタン。
空を舞う泡虫、琥珀色に天へ伸びる古代樹、湖に建つ孤島城。ユリアはレーエンデに魅了され、森の民と暮らし始める。はじめての友達をつくり、はじめて仕事をし、はじめての恋を経て、親族の駒でしかなかった少女は、やがて帰るべき場所を得た。時を同じくして、建国の始祖の予言書が争乱を引き起こす。レーエンデを守るため、ユリアは帝国の存立を揺るがす戦いの渦中へと足を踏み入れる。
読書感想(多少ネタバレあり)
異世界の話ですので、その世界観に没入するには多少時間がかかりますが、文化的なものや建造物、戦いの武器は中世ヨーロッパのような雰囲気を醸し出していますので、そのあたりを想像すれば、それほどかけ離れたものにはならないと思います。
もっとも、そういった文明とは少し離れた、外地と隔てられたところにある神秘の森のような場所がレーエンデですので、原生林や大樹、空気のある海中が生活空間であるようなイメージで、こちらは幻想的なジャングルみたいな感じでしょうか。この地にだけ存在する不治の病『銀呪病』や、その疾病を呼び込む要因である幻の海や時化など、独特なものがあって、そのことがレーエンデの神秘性に拍車をかけています。
物語は、主人公ユリアがこのレーエンデに移り住むところから始まります。このユリアの生い立ちが某国の姫であれば話しがわかりやすいのですが、州首長の弟にして騎士団の団長、英雄と崇められている男の娘という立ち位置ですので、その分役割や制約が微妙なものになっています。
個人的にはユリアと聞くと、漫画やアニメの「北斗の拳」を思い出してしまい、その女性も薄幸で数奇な運命を背負っていた女性ですので、名前のイメージを払拭するのは結構大変です。
また、国や州の中での覇権争いや、レーエンデの中でも種族の違いなどがあるので、細かく分類して覚えようとすると結構大変です。根幹はユリアとその父、英雄ヘクトル、そしてその英雄に生命を助けられ、レーエンデの案内役を務めることになった元傭兵にして弓の名手トリスタンの3人を主体に話しが進みますので、そこさえ把握しておけば、むしろ世界観にのめりこむのは早いのではないかと思います。
続編を読んでいないのであくまで本書に限ってのことですが、英雄である父ヘクトルがまさに英雄に相応しい活躍をし、また尊敬に値する人格者であること、それを命の恩人と慕うトリスタンの行動もまた誇り高く、男気に溢れているので、気持ちよく読み進めることが出来ます。また、多少の既視感はあるものの、思うように進まない恋愛模様だったり、出来の悪い身内や適度に配置された敵役の挿入の仕方なども巧妙で、フィクションでありながら、現実世界のような歯痒さだったり、不安や緊張だったりを共感出来ます。
読後感が良いのは、この世界の輪郭がはっきりしているからでしょう。また登場人物の多くの行動が決して突飛ではなく、自己犠牲的で、また深謀遠慮であることも上げられるでしょう。
ただちょっと難解だったのが、レーエンデとの交易路を作る際に重要な要衝となる竜の首という場所が出てくるのですが、ここの描写が文字だけだとどういう構造なのかが分かりにくい。ここは単に交易路としてではなく、ストーリー終盤の重要な仕掛けが設置された場所ともなりますので、どういう構造なのかがわからないとその状況がイメージしにくくなってしまいます。実はわたしはその装置がどういう仕組なのか、結局理解出来ておりません。もし映像化するのであれば、是非見てみたいと思います。
一巻だけで500ページに迫ろうとする大作ですから、ボリューム的にはかなりあります。それでも一気読み出来るくらいに面白い展開ですから、本屋大賞第5位も納得の秀作だろうと思います。
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