【読書感想】雲を紡ぐ

第163回(2020年上半期)直木賞にノミネートされた、伊吹有喜さん著作の小説です。不登校になった娘とそれを見守る父母・祖父母の家族愛に満ちた作品です。

あらすじ

「分かり合えない母と娘」
壊れかけた家族は、もう一度、一つになれるか?
羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布・ホームスパン」をめぐる親子三代の「心の糸」の物語。
いじめが原因で学校に行けなくなった高校生・美緒の唯一の心のよりどころは、祖父母がくれた赤いホームスパンのショールだった。
ところが、このショールをめぐって、母と口論になり、少女は岩手県盛岡市の祖父の元へ家出をしてしまう。
美緒は、ホームスパンの職人である祖父とともに働くことで、職人たちの思いの尊さを知る。
一方、美緒が不在となった東京では、父と母の間にも離婚話が持ち上がり……。
実は、とてもみじかい「家族の時間」が終わろうとしていた――。

ー『雲を紡ぐ』伊吹有喜 | 単行本 – 文藝春秋BOOKS -

読書感想

例によって勝手な憶測から、雲では「坂の上の雲」を連想し、作者のお名前の伊吹からは俳優の「伊吹吾郎」を想起して、これまた時代劇だろうかと思いながら読み始めました。一番に思ったのは祖父の描写のうまさで、実はこの作家さんが女性ではないかということに、物語の終盤でようやく思い至りました。普通に情報を集めてから読んでいれば特に問題も無いんですけれどね。

さて、あらすじにもあるように主人公の娘、美緒が不登校に陥った辺りは、辻村 深月さん著作の本屋大賞受賞作、「かがみの孤城」を少し思い出したりもしましたが、舞台が岩手の盛岡に移ると内容が一変します。

私事ですが、実は10年くらい前に岩手に旅行に行ったことがあり、その時は盛岡駅近くのホテルに泊まり、妻と二人でレンタサイクルを借りて市内を観光した思い出があります。そのときに物語中に出てくる「開運橋」や「福田パン」、「盛岡城址公園」などにも行っており、お店の名前は忘れましたが「じゃじゃ麺」なども食べましたので、懐かしく思い出しながら読むことが出来ました。その時に橋の上から岩手山を撮った写真が下になりますが、これは開運橋よりもひとつ上流側の旭橋から撮影したものになります。

遠くに見える岩手山がとても綺麗で、しばらく眺めていたことを思い出します。盛岡駅から行くと、この旭橋を渡って道なりに行った通りの右側に福田パンがあったので、そこでひとり二つずつパンを買った記憶があります。

話を小説に戻しますと、この物語はさきほど娘の美緒が主人公と書きました。また、上のあらすじで引用した作品紹介や単行本の帯のサブタイトルには「分かり合えない母と娘」と書いてありますが、実際に読み進めていくと、母と娘の関係を描いた小説というよりは、祖父と父と娘、さらには母親と祖母を交えた家族全員の物語のように感じます。

実際に、文中では娘と父の立場で交互に描写されており、それぞれに父の立場が違うので混乱する場合があります。よく見ると、章の始まりや途中に羊と洗濯機らしき挿絵というかコマ絵があり、羊の場合は娘の美緒視点、洗濯機の場合は父親の広志視点だとわかるのですが、それぞれの立場からの父という表現が美緒の場合は父親の広志、広志の場合には美緒にとっての祖父にあたる紘治郎になるので、一瞬どちらなのかわからなくなるんですね。特に絵がなくても内容からすぐにわかるわけですが、逆にその絵に注意して読めば混乱することもないという心配りなのでしょう。

内容的にはそれぞれの悩みを抱える家族の思いが、そのどれもが身につまされる内容で感情移入しやすく、登場人物全員の描写が自然で素晴らしいので、読後感もとても爽やかです。女性作家の方は、心理描写が優れていますね。先程も書いたように、祖父の描写などはその人が目の前にいるかのように思えます。

ただ、勝手な想像をすると、岩手県は新型コロナの感染者が一人も出ていない最後の県でしたから、もしも時期がそのときだったら、東京からひとり出て来た孫娘を気持ちよく迎え入れることは出来ただろうかと別の意味でも考えさせられました。それはあくまでも時代のせいですが、本書は一人ひとりがそれぞれの立場で他人を思いやることの大切さを改めて教えてくれる良書だと思います。

社会のギスギスした人間関係に疲れている方や家庭内で自分の居場所を探し求めている方などにも読んで欲しいと思える秀作でした。

雲を紡ぐ

伊吹 有喜 文藝春秋 2020年01月23日頃
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