第166回(2021年下半期)芥川賞受賞、砂川文次さん著の作品です。著者の砂川文次さんは1990年に大阪で生まれ、神奈川大学卒業後、自衛官を経て、都内で区役所勤務をされているようです。2016年、「市街戦」で第121回文學界新人賞を受賞しています。
あらすじ
ずっと遠くに行きたかった。
今も行きたいと思っている。自分の中の怒りの暴発を、なぜ止められないのだろう。
自衛隊を辞め、いまは自転車メッセンジャーの仕事に就いているサクマは、都内を今日もひた走る。昼間走る街並みやそこかしこにあるであろう倉庫やオフィス、夜の生活の営み、どれもこれもが明け透けに見えているようで見えない。張りぼての向こう側に広がっているかもしれない実相に触れることはできない。(本書より)
読書感想
あらすじにあるように、この物語の主人公「サクマ」は、自転車メッセンジャーの仕事をしています。タイトルになっている、「ブラックボックス」は、そのメッセンジャーが扱う手荷物や、上のあらすじにあるような、市井の人々の日々の仕事や生活の暗喩でもあり、この物語の世界観にもなっています。
自転車に関しては、自転車便の仕事はしてなくても、おそらくロードバイクには乗リ慣れているのではないかと思える描写です。それと、きっと自衛隊での経験がよく生かされていると思える内容です。芥川賞受賞作品特有の文学臭さがあまりなく、目の前にその光景がまざまざと思い描ける、あたかもドラマを見ているかのような感覚になる内容になっています。
短編ですが、章に分かれていないので、どこで区切ればいいのか少し悩みます。ただ、物語中盤で一箇所だけアスタリスクで区切られたところがあり、そこから場面が大転換します。
自転車メッセンジャーという将来的な保証が何もない職種で、それを続けることの不安や葛藤、その反面、今を生きることに精一杯という若者特有、あるいは時代特有の暗澹とした気持ちをうまく描いています。特に今のコロナ禍の様子や、未来を予見しているような記述もあり、時代もうまく反映させて、文学作品としての品格も備えていると感じます。
決して明るい話ではありませんが、読後感は悪くなく、余韻の残る作品に仕上がっています。特に難しい言葉も使っていないので、中学生くらいの方でも読みやすいと思います。これまで読んできた芥川賞の中でテイストが似ていると思えるのは、又吉直樹さんの「火花」や、村田沙耶香さんの「コンビニ人間」、町屋良平さんの「1R1分34秒」辺りでしょうか。芥川賞に相応しい秀作でした。
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