第19回(2021年)『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した、新川帆立さん著の作品です。ちなみに、『このミステリーがすごい!』は、1988年から別冊宝島で発行されているミステリー小説のブック・ランキングで、『このミステリーがすごい!』大賞は、2002年に宝島社、NEC、メモリーテックの3社で創設された大賞賞金1,200万円のノベルス・コンテストです。
なんとなくわかりづらいのですが、『このミステリーがすごい!』の方は宝島社は自社の作品を除外していますので、宝島社から発刊された小説は、通称『このミス』1位になることはありえません。一方、通称『このミス』大賞の方は、当然のことながら宝島社から出版されます。
あらすじ
「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」奇妙な遺言状を残して、大手製薬会社の御曹司・森川栄治が亡くなった。学生時代に彼と三ヶ月だけ交際していた弁護士の剣持麗子は、犯人候補に名乗り出た栄治の友人の代理人として、森川家主催の「犯人選考会」に参加することとなった。数百億円ともいわれる遺産の分け前を獲得すべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する。
他方で、彼女は元カノの一人としても軽井沢の屋敷を譲り受けることになっていた。ところが、軽井沢を訪れて手続きを行ったその晩、くだんの遺書が保管されていた金庫が盗まれ、栄治の顧問弁護士であった町弁が何者かによって殺害されてしまう……。- 元彼の遺言状|新川 帆立|宝島社 -
読書感想
著者の新川帆立さんは、東大卒の弁護士で、プロ雀士の肩書きも持つ才媛の方です。この「元彼の遺言状」が処女作ということで、これで小説家の仲間入りも果たしました。
本作は、弁護士である主人公「剣持麗子」が、元彼の奇妙な遺言状から始まった事件に巻き込まれて、というよりも、クライアントの代理人として奔走する物語です。
主人公のキャラクターは高慢な女王様気質、つかみの冒頭部分ではその性格や人となりをうまく表現していると思います。そもそも、「自分を殺したものに遺産を譲る」というのが遺言として法的効力を有するのかというのはありますが、その辺は法律論というよりは、エンタメ小説としてさらっと読んだほうが良さそうです。
遺産絡みの物語で、わりと最近テレビの日曜劇場で放映された東野圭吾さん原作で、妻夫木聡さん主演の「危険なビーナス」を思い浮かべましたが、莫大な遺産争い的な要素が絡むと、どうしても広大な敷地に大邸宅、大勢の身内とそこで働く執事やお手伝いの人、みたいなシチュエーションになるのは仕方ないのでしょう。何千万程度の遺産では、殺人にまで発展する親族間の争いというのはイメージしづらいし、小説としてはスケールが小さくなってしまうでしょうからね。ただ、この作品は、そういった大富豪の遺産相続をめぐる骨肉の争いから起きた殺人事件という推理小説の定番とは一線を画しています。
展開そのものは比較的スピーディーに進んでいきますが、多少読みづらい部分があり、テンポよく読めるかというと、わりとそうでもなかったというのが本当のところです。一つには登場人物のわかりづらさ。一族なので仕方ないのですが、似たような名前が並んでいるので、誰が兄で誰が弟だったかとか、その辺を覚えておかないと混乱します。目次の次頁辺りに相関図か主な登場人物を書いておいてくれればわかりやすかったでしょうね。
そんな文句を言う前に書いてみましょうか。ということで、これは最後の方に載せておきます。
「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という非常に奇抜でキャッチーな遺言状が発端ですから、犯人は誰かという推理小説の核心以上に、どうしてそんな遺言状を書いたのかという動機と理由の方に興味が注がれるのが本書の特徴であり、魅力です。その部分がもう少し明快に膝を打つ内容であったなら、もっとすっきりした印象を持ったと思うのですが、若干強引さを感じてしまうところがあったりして、わだかまりを覚える部分はあります。
ですが、処女作でこれだけのものをかけるのはやはり才能でしょうし、弁護士という職業上の特権もあるわけですから、これからも面白い作品を次々に生み出して欲しいと思います。
主な登場人物と関係、及び相関図
剣持麗子関係者
剣持麗子(この物語の主人公 弁護士・森川栄治の元カノ)
剣持雅俊(麗子の兄)
優佳(雅俊の婚約者)
篠田(麗子の大学時代のゼミの先輩で今回の事件の依頼人、栄治とも交流が深かった)
津々井先生(金治の顧問弁護士 麗子の元上司)
信夫(冒頭で麗子にこっぴどく振られた彼)
森川一族関係者
森川栄治(遺言者・被相続人 剣持麗子等の元彼)
森川金治(栄治の父 森川製薬社長)
森川富治(金治の長男 栄治の兄 大学で教鞭をとる)
森川銀治(金治の弟 栄治の叔父 YouTuber)
森川定之(金治の姉の婿 森川製薬専務)
森川拓未(定之の長男 栄治のいとこ)
森川雪乃(拓未の妻 栄治の元カノ)
森川紗英(定之の娘 拓未の妹 栄治のいとこ 栄治に片思い)
※太字は森川製薬社員、紗英は子会社の社員
森川一族以外の関係者
平井真人(森川製薬副社長)
原口朝日(栄治の元カノ 栄治の担当看護師)
村山権太(栄治の顧問弁護士)
堂上先生(栄治の愛犬バッカスの主治医)
亮(堂上先生の息子)
以上をわかりやすく相関図にしたのが下の画像です。
元彼の遺言状 相関図
作成にはだいぶ時間がかかりましたが、こうしてみるとそれほど登場人物が多いわけではないですね。殺人事件で登場人物が2,3人というわけにはいかないでしょうし、先に書いたように、名前が一族の名前なので混乱しやすいのが難点ですが、それは仕方ないですね。
元彼の遺言状 | ||||
|
コメント