2024年本屋大賞第四位、夏川草介さん著作の医療小説です。著者の夏川草介さんは1978年大阪府生まれ。信州大学医学部を卒業して、⻑野県で地域医療に従事。2009年『神様のカルテ』で第10回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。同書は2010年本屋大賞第2位となり、嵐の櫻井翔さん主演で映画化、福士蒼汰さん主演でドラマ化もされています。
あらすじ
雄町哲郎は京都の町中の地域病院で働く内科医である。三十代の後半に差し掛かった時、最愛の妹が若くしてこの世を去り、 一人残された甥の龍之介と暮らすためにその職を得たが、かつては大学病院で数々の難手術を成功させ、将来を嘱望された凄腕医師だった。 哲郎の医師としての力量に惚れ込んでいた大学准教授の花垣は、愛弟子の南茉莉を研修と称して哲郎のもとに送り込むが……。
読書感想(若干ネタバレあり)
タイトルに出てくるスピノザは、17世紀のオランダの哲学者バールーフ・デ・スピノザのことです。私はその道に疎いので、哲学者としてのスピノザがどれくらい有名で、その思想がどれほど偉大で崇高なのかはよくわかりませんが、本書の主人公は、そのスピノザの哲学に影響を受けた一人の医師です。
冒頭の患者とのやりとりは凡庸な町医者のような風体ですが、あらすじにもある通り実は内視鏡手術のエキスパートで実力も兼ね備えたスーパードクターです。それでいて人格者でもあるので、お医者様としては完璧と言っても過言ではないでしょう。
素晴らしいのは主人公だけではなく、その周りを囲む人々、これは同僚の医師や看護師のみならず、かつて勤務していた大学病院の先輩、同僚、後輩たち、あるいは家族、患者さんにいたるまでみんないい人たちで構成されています。多少野心に燃えた大学医局の関係者などは出てきますが、欲にまみれた病院理事長とか、他の人の足を引っ張ってやろうという陰険な同僚とかも出てきません。ですから読んでいてストレスがない。みんな仕事に矜持を持っていて、患者とも真摯に向き合っていて、誰一人ふざけていない。適度な息抜きは他人に迷惑をかけず、言葉一つ一つが慎重に選ばれていて思いやりに溢れています。
最初の方の文章は文学作品のような様相ですが、それほど難解ではなく懐かしい感じがします。読み始めてから間もなく訪問診療をする場面が出てきますが、世界観としてはもう『Dr.コトー診療所』と非常によく似ています。舞台の南海の孤島を京都にして、五島先生を雄町先生にして、辣腕外科医をカテーテル手術の凄腕内科医に設定変更したと思えば、おおよそ当たらずといえども遠からずではないでしょうか。思想は実際にスピノザを理解しないとわからないのかもしれませんが、出世欲や金銭欲、名誉欲に囚われていない、物静かで優しくて人格者であるところもよく似ています。無類の甘党で和菓子をこよなく愛するところも愛嬌たっぷりです。
そんな優しい人間愛に溢れた小説ですから、読後感も抜群に良くて、特に後半はとても感動しました。医療小説ということで内容は骨太で適度な緊張感もあり、それでいて読みやすくお子さんにも安心して推薦できる良書です。私はここまで読んできた本年度の本屋大賞ノミネート作の中で正直一番感動して好きな作品です。是非多くの方に読んでいただきたいと思います。
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