【読書感想】君が手にするはずだった黄金について

2024年本屋大賞第10位、小川哲さん著作の自伝的連作短編小説です。作者の小川哲さんは、1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年、「ユートロニカのこちら側」で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞してデビュー。2017年刊行の『ゲームの王国』で第31回山本周五郎賞、第38回日本SF大賞を受賞。2022年刊行の『地図と拳』では第13回山田風太郎賞、第168回直木三十五賞を受賞しています。同年刊行の『君のクイズ』は第76回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞のほか、2023年本屋大賞第6位にも選ばれるなど、輝かしい功績を重ねられています。

あらすじ

プロローグ
大学院生の「僕」は就職活動のエントリーシートで手が止まった。「あなたの人生を円グラフで表現してください」 僕はなんのために就職するのだろうか? そこに何を書くべきなのか、さっぱりわからなくなった僕に、恋人の美梨は言う。「就職活動はフィクションです。真実を書こうとする必要はありません」

三月十日
東日本大震災から3年後の3月11日、僕は高校の同級生たちと酒を飲んだ。あの日、どこで何をしていたか――誰もが鮮明に憶えているのに、前日の3月10日については、ほとんど憶えていない。僕はその日、何かワケあって二日酔いになるほど飲んでいたらしいのだが……失われた一日の真相とは?

小説家の鏡
博士課程に進み小説家になった僕に、高校時代の友人西垣から相談が持ち掛けられた。「妻が小説を書きはじめ、仕事を辞めて執筆に専念したい」と言い出したという。しかも青山の占い師のお告げに従って。友の頼みとあって、インチキを暴こうと占い師に接近する僕に、思いもかけない「その瞬間」が訪れる。

君が手にするはずだった黄金について
片桐は高校の同級生。負けず嫌いで口だけ達者、東大に行って起業すると豪語していたが、どこか地方の私大で怪しい情報商材を売りつけていたらしい。それが今や80億円を運用して六本木のタワマンに住む有名投資家。ある日、片桐のブログはとつぜん炎上しはじめ、そんな中で僕は寿司屋に誘われる……。

偽物
新幹線のグリーン車で偶然再会したババリュージという名の漫画家。人の良さそうな痩せた男で、僕は彼に好感をもっていたのだが、一緒にいた轟木は正反対のことを言う。「あいつはヤバい奴だね。偽物のロレックス・デイトナを巻いているから」。他人を見た目で判断するなよ。いや、かくいう僕はどうなんだ?

受賞エッセイ
僕は31歳になり、山本周五郎賞最終候補の報せを受けた。だがその日、僕は不思議な電話を度々受けることになる。「アメリカのデパートで買物をしましたか?」。そして見知らぬ番号からの電話に折り返すと、「どちらの小川さまですか?」 僕はどちらの小川なのだろう。そもそも僕は何者なのだろう?

ー 小川哲『君が手にするはずだった黄金について』特設サイト | 新潮社 ー

読書感想

自伝的小説なので、読んでいて本当の話かな?と思うことは多々ありました。良く言えば平易な哲学的文章で、悪く言えば理屈っぽい文章でしょうか。タイトルからして、ちょっと理屈っぽいんじゃないの?と思われる方がいるのではないかと想像します。おそらく女性の方だと最初の方で読むのが辛くなる人がいるかもしれません。逆に私のような偏屈なオヤジには結構刺さったりします。

登場人物もそれほど奇異な人達ではなく、普通に友達や恋人、知り合いとしていそうだなと思う設定ですし、主人公が数々の賞を受賞した売れっ子作家さんという前提を除けば、普通にあっておかしくない話が多いような気がします。

ただ、各話ごとに個人のアイデンティティに関する記述が出てくるので、その辺が嵌まる人には嵌まるし、そうでない人にはつまらない内容になってしまうかなとは思います。

私としては第二話と第三話に3月10日が出てくるので、むしろ本のタイトルも三月十日にしてしまったほうがすっきりしたのではないかと思いましたが、日本に大きな被害を齎した東日本大震災の前日という意味では、たとえ小説といえども問題があったのかもしれません。今はなんでもすぐに炎上する世の中ですから、不謹慎と言われかねないと考えたかもしれませんね。

そして、まさにその炎上騒ぎをネタにしたのが、タイトルの「君が手にするはずだった黄金について」ですが、実際各篇の中でも一番面白かったように思います。次の「偽物」についても似たような話にはなってますが、他の各話が小説新潮に掲載されたものに対し、こちらは書き下ろしとなっています。

構成としてはちょうど良いバランスなのでしょう。今回の本屋大賞ではノミネート作品の中では最下位になっていますが、私個人としてはかなり面白く感じました。

本書でも取り上げられている、偏見を恐れずに言えば、本屋大賞は書店の店員さんが選ぶものですから、女性店員さんも大勢審査員になってらっしゃいます。それと何度も書いていますが、本屋大賞は書店員が一番売りたい本を選ぶものですから、その売りたい理由はたんに面白いからだけではないと思います。

今回、第9位になった知念実希人さん著の、「放課後ミステリクラブ 1金魚の泳ぐプール事件」は、子供の頃から小説の面白さに触れてほしいという思いもあるでしょうし、本屋大賞を受賞した「成瀬は天下を取りにいく」などはタイパを重視する若者たちにも、スマホばかり触ってないで、本の面白さをわかって欲しいという思いもあったのではないかと思います。

そういう意味では、本書は対象があまり子供や女性向きであったとは言い難く、私個人は非常に楽しめたのですが、なかなかそれが順位に反映しなかったと言えるかもしれません。

それでも理屈っぽい男性やオヤジには結構面白い作品だと思いますので、ご自身でそういうところがあるなと思われる方は、ぜひ一度読んでみていただきたいと思います。

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