石沢 麻依さん著、第64回群像新人文学賞受賞のデビュー作にして、第165回(2021年上半期)芥川賞受賞です。作者の石沢麻依さんは、1980年、宮城県生まれで、現在はドイツに在住です。
あらすじ
コロナ禍が影を落とす異国の街に、9年前の光景が重なり合う。ドイツの学術都市に暮らす私の元に、震災で行方不明になったはずの友人が現れる。人と場所の記憶に向かい合い、静謐な祈りを込めて描く鎮魂の物語。
読書感想(ネタバレもあり)
読み始めてすぐに読みづらい小説だなというのが第一感。その理由は、わずか150ページなんですが殆ど会話がなく、活字がびっしりつまっていて表現が固い。ページ数的には短編小説になるのでしょうが、文字のボリューム的には中編小説になるんじゃないでしょうか。特に難しい言葉が並んでいるわけではないんですが、どうもテンポ良く読めない。おそらく文学好きで、こういう文体が好きな人には嵌るのでしょうが、そうでない人はすぐに投げ出したくなるでしょうね。私が読んだ芥川賞作品の中でも、一二を争う読みづらさです。
なんとなく哲学書を読んでいるようなモヤモヤ感と、登場人物のわかりづらさ。情景描写はやたら細かいのに、主人公が男なのか女なのかも中盤になるくらいまでよくわからず、極めつけは冒頭で待っている相手が幽霊。これは私が苦手とする部類なんですよね。タイムトラベルのような空想は嫌いじゃないんですが、幽霊となるともうなんでもありの空想世界だよなと思ってしまいます。さらには他の登場人物もその幽霊の存在を特に気にすることなく受け入れている状況に茶番というか違和感しか感じなくなってしまいます。もともと小説なんて全部フィクションだろうと言ってしまえばそれまでですが、自分の中の許容範囲、これくらいの制約はあって然るべきという範囲を逸脱しています。
それとこれはネタバレになってしまうので未読の方は注意してほしいのですが、背中に歯が生えるというオカルトかよ!と突っ込みたくなる場面もあったりして、おじさんには????の状態が暫く続いたりもしました。
蛇足になりますが、フジテレビのドラマで上野樹里さんが主演の「監察医 朝顔」というのがあって、ここで父親役の時任三郎さんが震災で行方不明になった奥さんの亡骸の捜索をずっと続けているという背景があり、その時にも「歯」がとても重要なファクターとして登場しました。思い起こせば、日航機の墜落事故のときにも、犠牲者を特定するために歯が非常に大切な役割を果たしていましたね。ですから、唐突に歯が生えてきたのは、いわば象徴的なものなのかもしれません。
もちろんそれは私の主観でしかないので、この小説の肝は現在のコロナ禍において、薄れゆく東日本大震災の記憶とその恐れと言った感じなんですが、多分相当読み込まないとどこからどこまでが現実で、どこからが観念世界なのかわからない、もしくは全体が空想世界に感じてしまって、あまり感動できない状況に陥ると思います。
ただ、10年経っても私のような年配のものにはつい昨日のことのように思える震災ですが、考えたら10歳だった子供たちも、すでに成人しているんですよね。当時小学生で犠牲になった子も大勢いましたから、その同級生や近くで家族や友人、知人を亡くされた方と、たんに遠くで買い物や物流に悩まされただけの私のような人間では、自ずと捉え方も変わってくるでしょう。
現実問題として、今はみんな等しくコロナの脅威にさらされていて、さらには毎年のように水害が起きている現状を鑑みると、震災だけを記憶として留めておくのは難しいことだと思います。しかし、だからといって忘れていいことではなく、戦争惨禍などと同様に語り継ぐべきことに違いありません。そういったことも改めて考えさせられる実に芥川賞らしい作品ではありました。
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